23 家族との再会
「おにいちゃんこっち!はやくはやく!」
「…転ばないようにね」
苦労しながら降り立ったカキツバタ市。
左を見れば地下から出てきた電車が走行したまま頭上のレールに結合し沿って走って行き、右を見るとプログラムの有名人がロケをしていた。そして地面は全てコンクリートに似ている硬い何かで固められ、地面の中央はひっきりなしに動いている。エレベーターの床バージョンみたいな。
人工物しかない初めて見る街の外。未来にタイムトラベルしたような気持ちと居心地の悪さを同時に感じる不思議な場所。
「…ようやく帰れるんだね。自分の家族がいる家に」
しみじみと言った僕の言葉には家族のいる家への羨ましさが滲んでいて自分で驚く。
流に気づかれてないといいけど。
「ああ、そうだな。なんだ?沖嗣寂しいのか」
野生の勘なのかふざけているだけなのか。どちらにせよ嫌なタイミングで聞いてくるな。
「…別に。麗ちゃんがいなくなったらまた流がうるさいだろうなって」
「いいんだぜ?昔みたいにめそめそ泣いてみろよ」
「…いつの話してるのさ」
「おにいちゃんおそーい!走ってよ!」
「…今行くよ」
走るの得意じゃないんだよなぁなんて脳内でぼやき、これ以上怒らせないよう言われた通りに駆け出した。
エスカレーターの床みたいなのに乗りながら先を走っていた麗ちゃんが慣れた動きで降りて立ち止まったのは比較的新しそうな二階建ての一軒家の前だった。
あちらの人だから壁をすり抜けて家に入っても問題はないのに麗ちゃんはそこで僕がインターホンを押すのを待っている。
「…麗ちゃんの家なんだから先に入ってもいいんだよ」
「ううん。おうちはげんかんからはいらないとだめなんだよ」
そこはこだわるらしい。僕はそうだねと相槌を打ってプッシュと書かれた壁をタップする。数秒してインターホンについているマイクから優しそうな女性の声が聞こえた。
「はーい、どちら様でしょうか」
「ままのこえだ!」
「…あの、突然すみません。僕は冬雪大学の2年神戸沖嗣と言います。お話ししたいことがあって来ました」
「おい、その言い方だと怪しさ満載で家に入れてもらえねぇぞ?」
「…じゃあどうしろっていうの?…あちらの人になった麗ちゃんを連れて来ましたって正直に話すの?」
人差し指で流の頭を小突いたらドアがガチャリと開き疑いの眼差しで成人男性が顔を出す。
突然知らない自称大学生が訪ねて来たのだ、女性である母親にドアを開けさせては危険だと判断して恐らく父親が開けてくれたのだろう。
「何の用ですか」
「ぱぱ!」
「…あの、」
「素直に言ったほうが良いと思うぜ。ただでさえ疑われてんだ、これ以上変に誤魔化すのは名案じゃねぇ」
頭ではわかっているのだが口下手な僕の口はうまく動いてくれない。林のコミュ力を半分わけてほしい。それか流が説明してくれたらいいのに。現実逃避しかけた自分を引き戻し、事前に考えていたプランの一つの文章を言おうと息を吸い込む。
「…あの、金木犀館にいた麗ちゃんと会って、家族と会いたいという願いを聞いてここまで連れて来ました」
「冷やかしならお帰りください。そうやって子を失った親の哀しみを弄んで楽しいんですか?」
「ぱぱ、わたしここにいるよ?おにいちゃんはうそなんてついてないよ」
父親の手を握ろうと伸ばされた手はすり抜けて虚を掠める。堪えきれなかったのだろう涙がポロリと溢れて頬を伝い地面へと落下していった。
「…僕のことは信じてもらわなくていいです。でも、麗ちゃんがここにいるってことは本当なんです。」
「そんな話を信じると思うんですか?」
「…家までの道のりも案内してくれました。今、麗ちゃんは貴方の前にいるんです。手を握ろうとしてました」
「いい加減にしてください。警察に通報しますよ」
「…会いたいって、お母さんのお腹の中にいる弟に会うんだって教えてくれました」
麗ちゃんの父親の顔から表情が抜け落ちた。嘘だろ、いや、でも…と愕然と独り言が口から流れていく様子を僕は見つめる。
横にいる麗ちゃんは天を仰いで泣き声をあげていた。家族と会えたことへの安堵、もう一緒に過ごせないことへの悲しみ、まだこちらの世に居たいという切ない願い。全てをごちゃ混ぜにしたような悲壮をその声に乗せて。
「麗は、何色の服を着ていますか」
父親は確認をするように感情が抜け落ちた声で言葉を紡ぐ。一度麗ちゃんへ視線を移して間違えることのないよう僕は答えた。
「…淡い水色のワンピースです。襟元に白いフリルのついた」
片手で目元を押さえて父親は暫く立ちすくむ。泣かないようにと大きく息を吸っては吐いてを繰り返し。
「詳しく、聞かせてくれるかい?…麗、お帰り」
父親の言葉にはまだ僕を信じて良いものかと悩む色を乗せていた。しかし麗ちゃんへかけられた言葉は穏やかで父性を感じさせるものだった。
ようやく、この子は帰ってこれたのだと実感する。…家を探し出すまでに時間がかかってしまって、ごめんね。
「だだぃ、まぁ…!」
麗ちゃんはしゃくりあげて、それでもしっかりと答えた。




