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22 ヒサメノマチの外

 僕には当たり前の、麗ちゃんにはとても物珍しい公共バスに乗ってヒサメノマチと隣の市との境まで来た。スマホで検索したらもう一つのバスに乗り継がなければいけないと書いてあったのだがここで問題が発生。


「…」

「おい、さっさとこの機械弄ってバスに乗れよ」

「…わかってるよ」

「つうかこの機械なんだ?見たことねぇ」

「…多分券売機、だと思う」


 目の前にある箱型の白い物体はカチカチと時折機械音を鳴らしている。が、ボタンが全く見当たらない。ついでにお金を入れる場所もない。本当にただの真っ白い箱なのだ。


 義務教育なので歴史の授業は受けてきた。

 しかし神戸の勤めがあるから僕はヒサメノマチから出ることは一生無いだろうとの考えで居眠りを決め込んでいたものだから、外の市は緑がないとかヒサメノマチよりもずっと先進的だとか、そのくらいしか知らない。


 わざわざ市を検索しようと思う好奇心を持ったことのないどうせ神戸の勤めによってヒサメノマチから出られないのだから知る必要ないと考えている腐りかけの僕は無知すぎると今になって痛感した。


「…どうしよう」

「おにいちゃん大丈夫?」

「…どうやってバスに乗るか知ってる?」


 この状況を打開しようとひとまず麗ちゃんに聞いてみる。幼いから望みは薄いが。


「わかんない。いっつもままとぱぱがてをつないでのるよっていってくれたから」

「…そっか」

「どうすんだよ、このままここで夜を明かすなんざオレはごめんだぜ」

「…案内窓口を探して聞いてみる」


 言ったはいいがこの市には果たしてヒサメノマチのような案内窓口なんてあるのだろうか。スマホで調べてみても電波が悪いようで検索ができない。いや、そもそもヒサメノマチと市の電波が違うから使えないのか?



 一抹の不安を抱きながらもなんとか辿り着いた窓口には誰もおらず、声をかけるとブブッと電子音が鳴って人が現れた。

 …リモートみたいな感じだろうか。


「こんにちは。どうされましたか?」

「…あの、カキツバタ市に行きたいんですけど、バスの乗車券ってどこで買えますか?」

「乗車券ですか?」


 目の前の人物は心底驚いたといった表情で目を丸くさせて僕の言葉を反芻する。


「…あの」

「ああ、すみません。思考プログラムが停止しかけておりました。乗車券は市では取り扱っておりません。市では顔認証によって乗降を記録しておりますので、降車した際にバス停横の料金所でお支払いをお願いいたします」


 思考プログラム、乗車券はない、顔認証…。

 予想よりずっと上の返答に今度は僕の思考が停止する番だった。


 僕と交代して窓口の人?に話しかけたのは感嘆の声をあげた流。


「オマエ機械なのか。遠隔通信してニンゲンが実際に仕事してるのかと思ったぜ」


 当然流の声は聞こえないから僕が質問することにした。これから市内を歩くのだからここで情報をざっくりと聞いておかなければ。


「…あなたは機械なんですか?」

「はい、機械です。私は今より12年前に製造された思考プログラムに5年前の感情プログラムを施した1642型カスタマーAIです。基盤のプログラムは古いですが常日頃最新式の情報が更新されておりますのでご安心してお問い合わせください」

「ほう、オレらの街とは常識すら異なるって訳だな。ヒサメノマチが時代を切り取った過去の歴史そのものと言われるのはあながち間違いじゃなさそうだ」

「どうされましたか?顔色が優れないようですが」


 感心する流の一方で僕の顔は曇っていたのだろう、目の前のAIが心配している風な発声をして問いかけてきた。

 …よく出来てるな。


「おにいちゃん、ひといっぱいならんでるよ」

「…あ、本当だ」

「どうされましたか?気分が優れないようでしたら救急相談窓口に連絡をすることも可能ですよ」

「…いえ、そういう訳じゃないので、大丈夫です」

「そうですか。では、またのご利用をお待ちしております。どうぞ、良い旅を」


 後ろに列が出来ていたと知った僕は曖昧に答えてお礼を言い、その場を離れる。


 …去り際に感じたのは自分の胸の内の恐怖心。どこか部外者を見つめるような感情を知ることのないAIの瞳が少しだけ怖かった。



 無事にバスに乗ることができた僕は真っ白な車体にCMがひっきりなしに映し出されては流れていく無駄のない造りのバスの中、ぼんやりと先ほどの事実を振り返る。

 

 人と難なく会話をするAIに立体的に映し出すプロジェクション技術、タイヤがなくて浮いて走行するバス。スマホは見当たらないのに目の前の空間を指でスワイプして歩く人々。


 …何もかもが違う。僕の生まれ育った街で当然にある物や常識が市では当たり前ではない。いや、市の常識が世界の常識で、僕の当たり前が異常なのだ。

 そう気づいたら、自分が田舎者でとても惨めに思えてきた。


…あの街に産まれなければ、僕はあそこを好きになれたのかな。この仕事も


 声には出ない言葉は目を閉じて寝かけている流ばかりか乗車する全ての人々に察されることはなかった。

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