20 迷子の少女と家探し 2
ぼんやり浮上した意識の中で聴こえてきたのは心地よく紅葉の葉が揺れる音。目を開ければジリジリとした日差しがわずかに寝室へと差し込んでいた。
「…まずい。寝過ぎた」
寝坊を理解し勢いよく布団から抜け出そうとすると足が引っかかって転びそうになり、なんとか体勢を保つ。
居間に行けば和室の畳で麗ちゃんと流がお手玉で遊んでいた。
麗ちゃんが寂しそうにしていなくて良かったと安堵が溢れる。
…あれ、そのお手玉何処から持ってきた?
「おにいちゃんおはよう。おねぼうさんなんだね」
「そうだぞ。あいつは寝るのが好きなんだ」
「じゃあ大きくなれるね。よくねればおっきくなれるってぱぱいってたもん」
「おー、そうだな」
子供の相手をしている流に上手いなと思いかけたが僕を含めた神戸の人間の幼少期を見てきたのだからなんら不思議はないと思い直す。
「…今ご飯作るね」
その前に着替えて、食べ終わったらパソコン開いて…と今日の計画を大雑把に組み立てていると幼い声がかけられる。
「おやつたべておなかいっぱいだからいらない」
「…そうなの?」
「ながれくんがね、なんでもたべていいよって」
そんなこと言ったのか。子供相手だと随分甘くなるんだな。僕にはガキだガキだと言いながらチクチク細かく言ってくるのに。
どうやら僕は意味ありげに流をジッと凝視していたらしく、フンと目線を意図して逸らされた。
ここで、不平を口内で吐いた僕はあることを思いつく。
「…流と遊ぶの楽しい?」
「うん!すっごくたのしいよ!」
「…僕は麗ちゃんのお家見つけるのにやらなくちゃいけないことがあるから、その間流のお世話しててくれないかな。…できそう?」
「わかった!おにいちゃんがんばってね」
着替えのために寝室へ戻る僕は無邪気に手を振られて見送られる。流が、
「おい、どういうことだよ。オレはペットじゃねぇぞ!?」
とわざわざ僕の後をついてきて抗議してくる。
幼い頃から身に染みたスルースキルを発揮させていると、流がまさかと口にした。
「オマエ、子守押し付ける算段だな!?自分ができねぇからって放任すんな!」
…お見通しか。なんで気付くのさ。これだから野生動物は。
これ以上小言を言われたくない。
僕は廊下で立ち止まり、流をさっと抱き上げて踵を返し麗ちゃんにお願いする。
動物のお世話ができるとわかり嬉しそうな麗ちゃん。弟のことを誇らしげに言っていた様子からお姉さん気質なのだろう。
「…いいお姉さんになったんだろうな」
もしもを考えてもどうしようもない。過去が変わることも肉体が帰ってくることもない。わかっているのに、僕は思わずにはいられなかった。きっと幸せな家族だったのだろう。僕の失踪した両親とは違い優しい親がいるのだろう。
僕の口から出た憂いは家の中のどこかに吸い込まれていった。
◇◇◇
ボーン…ボーン…ボーン
洋室の柱に背をつけた古時計が3時を告げ、麗ちゃんは耳を塞いで怖い怪物がくるとはしゃいでいた。
洋室の椅子に座りパソコンを開いて作業をしていた僕は一度休憩をしようと腕を上に伸ばす。
「おにいちゃんみてみて!」
そういって見せてくれたのは抱き上げられた流。
頭にはティッシュで作られたリボンが乗せられ首には風呂敷のバンダナが結ばれて愛らしい姿に変身していた。
ブラブラとした体と短い足が宙に浮いててぬいぐるみのよう。
「…可愛いね」
「おとうとにあったらかみのけむすんであげるんだ!」
「…その練習をしてたんだね。すごく上手だよ」
「えへへ〜。もっともっとれんしゅうしてしょうずになるの!」
「…頑張り屋さんなんだね」
「おねいちゃんだもん!」
弟が長髪の設定なのは麗ちゃんの健気さによってあんまり気にならない。
流は可愛いと言われたことに不満を言いたそうな複雑な顔をして、グッと堪えてはいるが犬歯が見えてるよ。
「おにいちゃんながれくんへんなかおしてる。どうしたのかな」
「…オシャレできたから喜んでるんだよ」
「そっかー!じゃあもっとかわいくさせてあげるね!」
そうパタパタと走って和室へと戻っていった。
途中流の余計なこと言いやがって、という表情が見えた気がするが気のせいだろう。
2人の姿がないのを確認して、僕は気づかれないように悩む。
昨日候補にあげていた市民プールと涼風噴水広場周辺を麗ちゃんに見せたのだがどちらも見たことのない不思議な場所だと言われてしまい、家探しは振り出しに戻ってしまった。あちらの人とはいえ幼い足で移動できる範囲は限られている。金木犀館付近に家はあるだろうと踏んで調べていたがより広い範囲に含めて検索をかけた方が良さそうかもしれない。
「沖嗣。コイツなんか思い出したらしいぞ」
いつの間にか流が足元にいた。先程よりも小さなリボンを沢山つけておめかしして。
流の後を追うように麗ちゃんもひょこりとこちらに顔を出す。
「コイツじゃないよ、わたしのなまえはうららだよ」
「…。麗が家の近くのこと思い出したらしいぜ」
「…教えてくれる?」
「わたしのおうちからまっすぐあるいていくとね、ぱんやさんがあるの!かんばんもおみせもとうめいなんだよ。おつかいにいくとおみせのひとがほめてくれたんだあ」
「…1人でお使いに行けるなんて偉いね」
「わたしおねいちゃんだもん!」
花に水ときて次はパン屋が透明ときた。これはもしやと思い当たり、僕は尋ねる。
「麗ちゃんのお家の周りってこういう白色の家とか自転車ってある?」
「わたしのおうちもおともだちのおうちもまっしろだよ。ねぇおにいちゃん、じてんしゃってなあに?たべもの?」
この話しでいくとヒサメノマチの住人ではなさそうだ。
きっと街の外、「市」から彷徨ってここまで辿り着いたのだろう。こんなに小さな足で。
「ねぇねぇ、おにいちゃんもあそぼうよ!」
「…まだやることがあるんだ。ごめんね」
「すこしだけ、すこしだけあそぼうよ。だめ?」
悲しげな顔をされると非常に断りにくい。早く神戸の勤めを終わらせたい気持ちとこの幼い少女を家まで送り届けなければという使命感に揺れる心は少女からの提案をもう一度断る勇気を持っていなかった。
…仕方ない、家探しは一度中断して遊んであげるか。
「…じゃあかくれんぼでもしようか」
「やったあ!おにいちゃんがおにね!」
「…いいよ。…でもこの家の中だけだよ。迷子になったら困るから」
「わかった!」
嬉々として壁をすり抜けて見えなくなった麗ちゃんに聞こえるように大きな声で数を数える。




