17 腹黒い2人ー林視点ー
午前4時。無事に金木犀館から出た俺たちは欠伸をしたり伸びをしたりしながら解散し、それぞれが帰路を歩む。
夏の短い夜は既に明け、太陽が顔を出そうと海に手をかけてよじ登ろうとしていた。
東京で産まれ、大学を機にヒサメノマチへ来た時は歴史の教科書でしか見たことのない街並みがまだ本当に実在していたのかと驚いたものだが、今ではすっかりこの街を気に入っている。
さて、俺と小野寺は家の方向が途中まで同じだから2人並んで今日の感想を言い合っていた。
「楽しかったな。金木犀館の噂が本当だったってことも検証できたし、活動記録も問題なく書けそうだ」
「本当だね〜。何より八雲驚かせるの最高だった〜」
罪悪感なんかこれっぽっちもないといったふうに小悪魔な顔で言ってのけた。
ベルナは穂九都にちょっかいかけてリアクションを楽しむ節がある。俺は穂九都が可哀想だとは時たま思う事もあるが見ていて面白いから俺が仲裁に入ることはしない。
「ちょっとした疑問なんだが、金木犀館に行ったのは八雲を驚かせるのが目的だったわけじゃないよな」
「まさか〜。怪奇現象を経験したい僕の純粋な好奇心からだよ〜。八雲のリアクションはおまけ〜」
「でもそのリアクションも期待してたんだろ?」
「そうだよ〜」
手をひらひら振って飄々と言ってのけたオカルトマニア。
友人の恐怖心による言動をおまけと言ったり恐怖心を煽ったり。
ほんわかしているように見せかけてやってることエグいんだよな。
「穂九都、あんな怖がりなのによく来たよな。最初は絶対行かないって言ってたのに」
俺はベルナにカマをかけてみる。
みんなでワイワイやりたいと常に言っているベルナのことだ、どうせうまく丸め込んで参加させたのだろうとあたりをつけて。
「八雲に金木犀館に来なかったら館の主人の怒りに触れるかもしれないよ〜って言ったら来てくれた〜」
ベルナのその思惑に苦笑する。
「やっぱりか。脅す罪悪感とかないのか?」
「全然〜。そのくらいで疎遠になるような仲じゃないもん〜」
「それもそうか」
ベルナがそう言うのならきっとそうなのだろう。
ベルナのこの類の勘は外れないと信用しているし、俺もオカルトサークルのメンバーの関係性は悪くないと確信してるしな。
「次のお化け屋敷も楽しみ〜」
「いつにする。夏休み中に行くか?」
「八雲のスケジュールが難しそう〜」
「あー。研修が本格的になってきたって言ってたもんな」
今回は深夜だったから集まることができたが日中ならそうはいかない。
俺はアーチェリー部の練習があるし穂九都は次期社長として今から研修に励んでいる。これから俺たちは就職活動も始めなければいけないからこうして全員で何処かへ行く機会はもっと減るだろう。
少し寂しいがそれぞれの将来の為だ。
「それにしても〜」
そこで一度言葉を切ったベルナのほうを不思議に思い、視線を向けると勿体ぶった顔をしていた。
「なんだ?」
「いつ言ってくれるんだろうね〜」
肝心な要点が抜かされていたがすぐに思い至る。沖嗣のことだと。
「ああ、今日も話してたもんな」
「構内では1人で会話する不思議っ子認定されてるけど〜、あれって幽霊と話してるよね〜?」
オカルトはなんでも信じる盲信さを持つベルナだが、沖嗣が話している相手は幽霊に違いないと信じて疑わない。何を根拠として幽霊だとしているのかは分からないが。
「この前サークル行ったら〜、部屋で神戸がおやつ食べ過ぎだって何もないところに怒っててさ〜」
「俺らがサークルに持ってった食べ物がよく無くなるのってそういうことか」
「食べ物食べるのが可能な幽霊って面白そう〜。今度神戸にお願いして話させてもらおうかな〜」
「沖嗣が話してくれるまで待ってるんじゃなかったのか?」
「気になりすぎるから強行突破しようかなって〜」
「俺は反対だな。信用失ったら困る」
「林って番犬みたいなとこあるよね〜」
実は俺と小野寺は沖嗣が話している相手はオカルト系のナニカなのだろうと予想している。しかし沖嗣は隠したいようだから無理に聞くことはしないでおこうと決めた。
こちらから聞くことはないが、俺たちはいつ言ってくれるのか今か今かと待っていたりする。
「講義の時は小姑みたいだって言ってたぞ」
「小姑みたいで食い意地張ってる幽霊か〜。尚更視てみたくなった〜」
「あんまり困らせるなよ」
「わかってるよ〜」
呆れながらも楽しそうにするベルナは既にこれからの計画をその良く回る脳内で立てていることだろう。
本当に実行する気はないのだろうが釘はさしておいた。
◇◇◇
陽が顔を出して俺たちの歩く道が明るくなり始める。
昼とはまた違う朝の光がこの街を包み込むのは一日の始まりを目にしていると実感できて好きだ。
そんなことを考えていると、ふいに横を歩いていたベルナがあっと声を上げた。
視線を辿れば数メートル先には自販機。
自販機へと一直線にかけ寄ったかと思うと、のんびりした口調に反した素早い動作でコーラを2つ買ってこちらに投げてよこしてきたからキャッチする。
「久しぶりに懐かしい話でもしよう〜。付き合ってくれるよね〜?」
「今の流れで昔話になるのか」
「オカルトサークルが自分たちを引き合わせてくれたんだから、その活動後に出会った頃の話思い出すのは自然じゃない?」
「よく分からない理屈だな」
随分と唐突だがベルナが自分の提案を押し通す性格なのは重々承知しているので眉を寄せて笑うに留める。
まだ閉まっている店の外に置かれたテラステーブルに勝手に腰を下ろして、手渡されたコーラを開けた。
「オカルトサークルに沖嗣が入って〜、それから林が来て八雲が入ってきたよね〜」
「ああ。俺が入った時にベルナが言ったこと、忘れてないぞ」
「だってあの学年で超人気な林陸様がそんな性格だって思ったらイタズラしたくなったんだもん〜」
悪びれることのないベルナにまた俺は苦笑をした。
よくアーチェリー部の奴らには鋼のメンタルとか緊張知らずだと言われるがその言葉は目の前の人物の方が似合うだろう。
こうして俺たちの意識は1年の、新入生として過ごしていた時に遡る。




