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15 ごキげンヨう

 2階へ上がると一階同様右と左にのびる廊下。僕の記憶が正しければ執務室と居住スペースとなっていたはず。


「さっきみたいに2組に〜」

「絶対嫌だ!頼むやめてくれお願いだから!」


 小野寺の両肩をガシッと掴んで必死に訴えかけるその様子は哀れ以外の何者でもない。よくその怖がりな性格で暗い夜道を集合場所まで1人で歩いて来れたね。


「…なんか可哀想だからみんなで回らない?」


 悩んだ結果助け舟を出すことにした。


「仕方ない〜。神戸に感謝しなよ八雲〜」


 安心と恐怖とで頷くことしかできない八雲の返事を確認してから僕たちはまず執務室に向かった。



 執務室の中央にはニーホールデスクが存在を主張していた。ニーホールデスクとは両側に引き出しのついた机で両袖机とも呼ばれる。


「この机本物だって〜。よく見ると細かい傷とインクが染み付いてる〜」


 机の端に書かれた説明をライトで照らして小野寺が興味深そうにする。


「こっちには肖像画があるぞ」


 林の声に反応して振り向いた八雲は悲鳴をあげた。


「うわぁぁっ!顔のところ照らすなよ。怖いだろう!」


 いや、お前が振り向いたのがいけないのでは?林のことだから脅かそうとしたわけではないと思う。


「八雲〜みてみて〜」

「な、なんだよ」


 いや、素直に近づいて行くなよ。どう考えたって脅かされるに決まってるじゃん。もう少し疑って。


「いくよ〜。…わぁっ!」


 案の定一度過ぎ去ったイタズラ心がまた再来したよう。

 小野寺がタイミングよくピンポイントで照らしたところには彫刻の人の顔。


「うわぁァァっっ。も、もう嫌だ、帰りたい!なのに鍵がしまってて帰れないどうしたらいいんだよぅ…」


 とうとう頭を抱えて蹲ってしまった。そこそこ背のある男がガタガタ体を震わせているのを自分を棚に上げて頼りないなぁなんて思う。

 小野寺はあはは〜と笑って満足そう。そろそろ止めに入ってやるか。


「…いくら八雲の反応が最高だからってやり過ぎ」

「えへへ〜つい楽しくなっちゃった〜。ごめんね八雲〜」


 全然反省してない口調で謝られても八雲は嬉しくないだろうに。



 カタ…ン…コロコロ…



 ある一方から物が落ちる音がした。すかさず一斉にライトを向けると、そこにはこちらに向けて転がってくる蝋燭が。

 それをヒョイと拾ってライトで照らした林。

 僕も近寄って見てみると、少し前まで使われていたような形跡があった。


「俺らまだそっちのサイドテーブル触ってないよな?地震でも起きたか?」


 とんちんかんな意見を述べて不思議そうにしないでくれ。


「…揺れてないから地震ではないと思うよ」

「じゃあ怪奇現象か」


 林は今日の天気を話すような口調でなるほどと納得し、元々置いてあったであろうサイドテーブルに蝋燭を戻した。


「ついに肝試しっぽくなってきたね〜!」


 どうもこの2人からは怖がるという感情が抜け落ちているようだ。僕も神戸の勤めの影響によりこのくらいでは驚かない。

 この平常心さはオカルトサークルらしいと言えばらしいか。


「この調子で隣の部屋も見に行こう〜!」


 拳をあげて言った小野寺に頷き、言葉が発せないほど怖がってしまった恐怖の感情大爆発な1人を連れて部屋を後にした。



 居住スペースには他国から来た物好きな貴族のお偉いさんを滞在させる為に作られたという。


 確認して行くと執務室のニーホールデスク同様全て当時のアンティーク品。ダイニングテーブルの上には接着剤で固定された食器が置かれ、当時の日常を再現されていた。手前の壁にはキャビネットとティーテーブル、向こう側にはドレッサーが配置されている。


「一通り見たけど何にもなかったね〜」

「もう少し居ればまた物が落ちるくらいはあるんじゃないか?」

「そうだったらいいな〜」


 そんな会話を黙って聞いていると。


「沖嗣見ろ。鏡台だ」


 今までずっと静かだった流が硬い声で告げた。

 その普通じゃない流の様子に、さっと視線と手に持った懐中電灯を向けると八雲がドレッサーの前に立っていた。

 数秒前まで小野寺の腕にしがみついていたのにいつの間にそこに移動したのだろうか?


 疑問と僅かに走った緊張を背負って僕が歩いて横に行くと。


「うわぁぁっ!なんだ神戸かよっ。驚かすな!」


 飛び上がられた。

 意識ははっきりしている。この驚きように口調は確かに八雲だ。


「驚き過ぎだろ。今日だけで何回くらい叫んでんだろうな」

「数えておけばよかったね〜」


 なんてのんびりしている2人の元へ何事もなかったかのように八雲は駆けていき、しがみついた。



「…」


 …おかしい。これだけ怖がっている八雲が同じ部屋とはいえ1人で移動するなんてあり得ない。となると誰かがこのドレッサーまで誘導したか。


 僕は更に気を張り詰めて首を横のドレッサーへと動かす。ぼんやりとそこにいるという確信を持って。


「…!」

「沖嗣!」


 目が、合った。後ろ、いや鏡の中のソレと。



 黒いモヤであるのに目が合ったとわかる。流が横で何かを喋っているが水中で音を捉えているみたいな聞こえにくさで僕の耳にはぼんやりとしか届かない。



 ソレは何かしてくる訳ではなくただそこにいる。



 今までそれなりに神戸の勤めをしてきた。良くない状況も経験してきた。

 しかし今目の前にいるソレは他とは違う。おぞましい悪意を持ってこちらを見ている。


 感じたことのない感覚に脂汗が滲む。まるでこちらの世から僕とそれだけ切り離されたかのような感覚に陥り足がすくんだ。

 …確かな悪意をここまで強く抱き、こちらの人である僕へ向けられるほどの強さを持っているとは。


「沖嗣〜一階に戻るよ〜」


 ハッと我に返った感覚と同時に小野寺の声がする方へ自然と首が動いた。

 小野寺と林がドアの前で不思議そうに僕を待っている。


「…うん」


 僕は返事をして3人のいる方へと歩き出す。



 去り際に横目で見た鏡は暗いこの部屋を映すばかり。

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