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13 丑三つ時の肝試し

 酔っ払いも家に帰って就寝した深夜2時半。僕たちは山を背景に構える金木犀館を見上げていた。


 金木犀館は二階建ての洋館だ。ヒサメノマチが他国と貿易を開始して両国の親睦を深める目的で茶会を開くのに使われていたと伝えられている。


 現在は貿易記念日や季節の行事にのみ一般開放されており、街の人々から観光客にまで親しまれる文化財の建物の一つ。


 僕も一度だけ小学生の頃に大じいちゃんと流と来たことがある。その時は一階でアフタヌーンティーカフェを期間限定で開催していてスコーンが美味しかった。ストレートティーは子供の舌にはまだ早く、強い渋みに顔をしかめれば大じいちゃんが歳を取ればわかる大人の味だと穏やかに微笑んで流も同意していた。


 …今飲めばあの時とは違う大人の味とやらを味わえるだろうか。今度買ってきてみても良いかもしれない。


 昼間なら白い壁に青い窓枠が情緒あふれるファンシーさも感じる館だが分厚い雲に遮られ月の出ない人工の光に照らされるのみの今は心なしか不気味に見えた。



「わくわくするね〜」

「…小野寺はしゃぎすぎ。不法侵入がバレたらどうすんの」

「金木犀館の幽霊が招いてくれるんだから不法侵入にはならないよ〜」


 なんだよその屁理屈。警察のお世話になる危険性はこれっぽっちも頭にないようだ。


「これに関しては沖嗣の考え過ぎだな」

「…林はこの肝試し乗り気すぎ」

「だって面白そうじゃないか」

「だよね〜」


 コイツら…。


「は、早く行こうぜ。親に黙って抜け出したことバレたら不味いんだよ。それにここにずっと立ってたらこの館のし、主人?からなんで入らないんだって引きずり込まれるかも」


 行かないと言っていながら来た八雲は僕の腕にしがみついて離れない。勇気を振り絞って来てくれたのだろうがそこまで無理しなくとも良いのではとも思ってしまう。

 あと、ただただ可哀想。


「そうだよね〜。八雲も早く入って挨拶したいよね〜」


 ポジティブシンキング全開で自分の良いようにしか他人の話が聞こえていない小野寺。


「そんなこと言ってない!あと怒られないように挨拶はする!」

「…八雲さっきから言ってることめちゃくちゃだよ」

「大丈夫か?」


 八雲のチグハグさにようやく心配になったらしい林が声をかけると、ギギギと軋んだ音がしそうに首を動かして潤んだ瞳で笑って泣いている八雲。

 いくら好青年な林でもこれにはやや引いたようで口元が引き攣っていた。


「うっ…うっ…」


 …金木犀館の噂よりも八雲の不安定さの方が怖いよ。


「…御曹司が黙って家からいなくなったなんて知られたら行方不明届け出されて大騒ぎになりそうだね」

「そうだな。なんで言わなかったんだ?」

「こんな時間に外出なんて許されるわけないだろ!」


 大学生にもなって許されないのか。厳しい家柄だとは聞いていたが窮屈そうで同情する反面羨ましいとも思う。

 僕には心配してくれる大じいちゃんも近所の沢村さんも、もういないから。

 …あ、五月蝿い自称守神様ならいるか。


「時期社長は大変だな。」

「ああそうだよ肩身が狭い。あと神戸!」

「…なに」


 僕の腕にしがみつきながらほぼ泣いているその顔でキッと睨まれた。

 人を睨む行為に慣れていなさそうなぎこちなさであまり威力はない。


「行方不明届けとか言うな!この館の主人が聞いてて俺たち連れ去られたらどうしてくれるんだよ!」

「…あり得ない。…それに八雲はオカルトなんて信じてないって事あるごとに言ってるじゃん」

「そんなの怖くて信じたくないからに決まってんだろぉー!」


 とうとう白状した八雲はしがみついた僕の左腕に顔を擦りつける。

 やめろ、鼻水つけるな。


「八雲、キャラブレしてるよ〜」


 空気を読まない小野寺がからかいに走る。林は「ようやく白状したなぁ」なんて呑気に言っていた。


「うるさいうるさい…。俺はチャラい御曹司としていつか有名になるんだぁ!」

「…どんな夢なの。真面目にコツコツ働きなよ」

「お〜。ここで神戸のツッコミが炸裂〜」

「沖嗣がその役割担ってくれるおかげで俺らやり易くて助かるな」

「ね〜。ありがとうございます〜」


 顔を見合わせてニコニコしてる2人だけ切り取ればほんわかしてて和む。

 状況としては救いの手を差し伸べて僕を助けて欲しいところ。ほんと、全部押し付けないでほしい。


「はっ。高校までは友の1人もいなかったお前に今や3人も心を許せる相手がいるなんて感慨深いぜ」


 昨日からずっと僕の昔話引っ張り出してしみじみしている流は何なのだろうか。

 意図してなのかは知らないが、結果的に小野寺たちに乗っかって楽しんでいる流を睨みつけて怒りを伝える。

 が、暗がりということもあって僕の睨みはスルーされてしまった。3人がいるから言葉で反論出来ないのが悔しくもどかしい。


 そうこうしていると、パンと一度手を叩いて。


「はい、それでは〜しゅっぱーつ〜!」


 小野寺の陽気な掛け声が深夜の街に響いた。



◇◇◇


ギィーーー…


 小野寺が両開きのドアノブを回すと鈍い軋んだ音を鳴らしてすんなり開いた。

 …歴史的建造物なのだから施錠し忘れているなんてあり得ない。


「開いた〜!開いたよ〜」


 世紀の大発見みたいに報告してきた。声がでかいよ。


「気ぃ引き締めろ。なんかいるぞ」


 流が僕に硬い声色で言ってきたから僕はわかったと、八雲にしがみつかれていない空いている方の手でバッグの肩紐を掴むような動作で流の顔を一撫でした。


 どうか穏やかに肝試しが終わる事を願って。

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