第7話 朝から初バトルとか聞いてない!
どこからか差し込む柔らかな光で、まぶたの裏が白く染まった。
大河はゆっくりと目を開けた。
洞窟の天井を覆っていた青白い苔が、夜の間にすっかり消えかけている。
代わりに入口のほうから朝の光が差し込み、澄んだ空気が流れ込んでくるのがわかる。
体を起こすと、昨日までの倦怠感が嘘のように消えていた。
傷口も痛まない。むしろ、体が軽い。
《おはようございます、宿主。生命力・魔力、完全回復を確認しました》
「お、おはよう……。って、マジか。HPもMPも全快? 寝ただけで?」
《はい。創造核との同調により、肉体は自己修復状態へ移行していました》
「いや、これ……チュートリアル宿どころかチート温泉レベルだな。空腹もねぇし。まじ文明の利器(魔法)すぎる」
軽口を叩きながら立ち上がる。
洞窟の出口を抜けると、冷たい朝の風が頬を打った。
湿った草の匂い。
光を受けた草原が、朝露で宝石みたいに光っている。
――まるで、異世界の“ロード画面”を抜けた後の新フィールドだ。
けれど、その美しさの中に、不穏な気配が混じっていた。
「……足跡?」
しゃがみ込むと、地面に深く刻まれた跡があった。
三本指――明らかに人間ではない。
「でかいな。……ボスの前座とかじゃないよな?」
冗談交じりに呟いた瞬間、背後から低い唸り声が響いた。
「――グルルルル……」
振り返る。
灰色の毛並みに覆われた狼が、地を這うように姿勢を低くしていた。
赤い瞳が、狩人のそれだ。
《識別開始……完了。対象名:スモークウルフ。危険度:E。集団行動傾向あり》
「Eランクって、弱い方……だよな? でも絶対ヤバいやつじゃん!」
心臓が跳ねた。
現実の「敵」が、こちらを狙っている。
《宿主、逃走は包囲のリスクが高い。戦闘を推奨します》
「……了解。初戦闘、いってみるか」
十徳ナイフを握る。
その瞬間、狼が跳ねた。
反射的に身を転がす。
地面を掻く爪音が耳に残る。
「っぶなッ! これ、普通に死ぬやつだ!」
《落ち着いてください。魔力を右手に集中。創造魔法――簡易物質生成を》
「わ、わかった! 思い出せ……昨日の感覚……!」
右手に意識を集中。
頭に浮かべたのは“盾”。――鉄の壁。自分を守るもの。
「――Formulate:Iron Wall!」
地面の粒子が光り、金属板のような光の盾が出現する。
次の瞬間、狼がぶつかった。
――ガンッ!
火花のような魔力が弾け、狼が弾き返される。
「防げたッ……!? 本当に出た……!」
《創造成功。保持時間は十秒。攻撃を》
「十秒って短ッ!? コンビニの電子レンジより早ぇじゃん!」
大河は突っ込む間も惜しみ、ナイフを逆手に構えて突き出した。
狼の前脚をかすめ、血が飛ぶ。
痛みに吠えるスモークウルフ。
その瞬間、盾が砕け散る。
《創造物、維持限界。魔力残量:83%》
「思ったより消費少ねぇな……この感じ、まだいける!」
息を整え、右手を再び掲げる。
「――Formulate:Air Edge!」
空気が振動した。
目に見えない刃が走り、狼の体を斜めに裂く。
スモークウルフは短く呻き、崩れ落ちた。
静寂。
風の音と、自分の鼓動だけが残る。
「……終わった?」
《確認。対象生命反応、消失。戦闘勝利》
ナイフを下ろし、膝をつく。
膝の震えが止まらない。
けれど、それ以上に胸の奥で燃えるものがあった。
《経験値獲得。レベルアップを確認。ステータス更新可能です》
「……マジで、レベルアップ……。いやこれ、現実味なさすぎるだろ」
けれど、確かに“手応え”はあった。
痛み、重さ、息の荒さ――全部、本物だ。
胸の奥で、創造核が微かに脈動した。
《おめでとうございます、宿主。あなたは今、“生き延びる力”を手にしました》
その声は、まるで祈るように静かだった。
無機質な電子音の奥に、どこか“母性”のような温かさがある。
「……イヴ。お前の言う通りだ。ここ、本当に……生きるしかない世界なんだな」
《――それでも、あなたは選べます。恐れに屈するか、希望を創るか。私は、ただその結果を見届ける存在です》
朝の風が、血と土の匂いを運び去っていく。
太陽は山脈の端から昇り、世界を黄金に染めた。
その光の中で、大河はようやく、自分が“この世界で生きている”という現実を受け入れ始めていた。




