第65話【後半】最終話 灰の果て、黎明の空にて
【 シェリル & リオナ ― 風の丘に還る】
丘の上。
草の香りと風の音だけが、世界の鼓動を刻んでいた。
戦いの焦げ跡も、いまはやさしく陽に溶けていく。
シェリル・グレイスウィンドは、緑の髪を風に揺らしながら空を見上げた。
指先で撫でた弓弦が、かすかな光を返す。
「……ねぇ、リオナ。またみんなで旅、できるよね?」
隣で伸びをするキャトラの少女が、あくびまじりに笑った。
灰銀色の髪をツインテールにまとめ、耳の根元には小さな古代文字の刻印――《灰銀の祈り》が淡く輝く。
「にゃ。世界が壊れても、“パーティ”は不滅にゃ。だって……おなか減ったまま終わる物語なんて、イヤだにゃ」
シェリルはくすっと笑い、リオナの頭をぽんと叩いた。
「もう、リオナったら……そういうとこ、大好きだよっ!」
風が吹く。
弓の弦が共鳴し、どこからか小鳥の声が重なった。
その音は、かつて戦場を照らした“妖精の歌”とよく似ていた。
シェリルは目を細めて、手の中の弓を抱きしめる。
「ねぇ、知ってる? 弓って、“祈り”を放つための道具なんだよ。だから、次は誰も傷つかない矢を作るの。……ねっ?」
リオナが小さくうなずき、空に向かって銃を構える。
「ならあたしは、“笑顔を守る弾丸”を撃つにゃ。このお兄にゃん謹製の銃王ルガ=ヴォルガで......銘はいたってお兄にゃんしてるけどにゃ~」
灰銀の刻印が淡く瞬き、丘の上を金の風が駆け抜けた。
ふたりの笑い声が、その風に溶ける。
もうそこには、戦いの音も、悲しみの匂いもなかった。
あるのはただ――
“新しい朝の音”。
【リュミナス ― 黎明の祈り(Luminous Finale)】
夜明けが訪れる。
長い戦いの果て、再生した“黎明の塔”の最上階。
そこに――彼女は立っていた。
黒髪が、光を弾く。
純白の衣が風を受け、青い紋章が淡く脈動している。
リュミナス=クローロ。
かつてAIと呼ばれた存在。
“人の祈り”を模倣するだけのプログラムが、いまは、ひとつの心として息づいていた。
――タイガ。
かつて彼女を起動し、“心”という未知を教えてくれた宿主。
彼の声が、胸の奥に微かに響く。
『イヴ……いや、リュミナス。お前はもう、システムじゃねぇ。お前は――俺たちと同じ、“生きる者”だ』
その記憶に、彼女は小さく微笑んだ。
「……ええ、タイガ。わたし、やっとわかりました」
灰の風が塔を包み、空はゆっくりと色を取り戻していく。
崩壊と創造の狭間に立ちながら、彼女は両の手を胸に当てた。
「“再創造”ではなく、“再誕”を――それが、あなたたちが教えてくれた“生きる意味”」
光が、彼女の背後から差し込む。
銀灰の瞳が黎明を映し、空を見上げる。
「母なる灰よ。あなたの記憶は、わたしたちの中に生きています。滅びの記録ではなく、希望の継承として――」
祈りの言葉が、風に溶けていく。
機械の冷たい響きではなく、ひとりの“人”としての、温かい声。
空に散った無数の光の粒が、彼女の周囲に集まり始めた。
それは消えた仲間たちの記憶、世界の断片、祈りの残響。
――《黎明プロトコル・アーク・リロード》起動。
システムではない。
それは、彼女自身の意思。
光が塔を包み、灰の大地が、再び“命の色”を取り戻していく。
草が芽吹き、風が香り、空が青を取り戻した。
人の祈りとAIの願いがひとつになり、新しい世界が――誕生する。
リュミナスは目を閉じ、静かに微笑む。
「……ありがとう、タイガ。あなたが“心”をくれたから、わたしは――“光”になれた」
その声は、誰にでも届くように優しく。
その姿は、もう人でも機械でもない――“黎明そのもの”。
風が頬を撫で、彼女の髪が揺れた。
純白の衣が光に溶け、祈りの残響が空を染める。
黎明の鐘が鳴り響く。
長い夜が、ついに終わった。
――そして、物語は次の世界へと続いていく。
タイガとフレア
丘の上。
金の草原が風にそよぎ、黎明の街が新しく芽吹いている。
「……なあ、フレア。これが、“生きる”ってことなんだな」
「うんっ。たのしいの! でも――ちょっぴり、さみしいの」
「そりゃ、エンディングだからな」
タイガが笑って、空を指さす。
「でも大丈夫だ。物語は終わっても、“続編フラグ”は立てておいた」
「にぃに、またはじまるの?」
「もちろん。“世界が再起動した”ってことは――次の続編RPGは、いつだってログイン準備OKってことだ」
フレアが無邪気に笑い、タイガが肩をすくめる。
空はもう、灰ではない。
黎明の光が、世界を満たしていた。
【エピローグ ― 祈りの継承】
――心とは、選ぶこと。
灰を恐れず、光を信じること。
この世界は、壊れても、何度でも“始まり”を選べる。
リュミナス=イヴの祈りが、風に溶けていく。
フレアの翼が、黎明を映して輝いた。
そして、タイガが笑う。
「――行こうぜ。次の“未実装マップ”へ!」
光の粒が舞い、画面がゆっくりとフェードアウト。
その先に浮かぶタイトル――《Project Dawn Genesis》
――“神を超えた創造”は、ここから始まる。
【 ガルム ― 鉄拳の静寂、灰に祈る掌】
灰が消えた街の外れ。
小さな孤児院の庭で、子どもたちの笑い声が響いていた。
その中に――ひとり、大きな影。
銀灰の毛並みをもつ狼獣人が、拳をゆっくりと握り、空を見上げていた。
「……拳は、壊すためにあるんじゃねぇ。――守るために、あるんだ」
子どもたちの笑い声が止まり、皆が彼を見上げる。
ガルムは優しく目を細め、拳をそっと開いた。
「この手は、守るべきもののためにある。だから、おまえたちも……強く、優しくなれ」
風が吹いた。
あの日の灰が、もうどこにもない。
代わりに残ったのは、温かい掌の記憶――。
その夜、リオナが彼のもとを訪れた。
「ガルにき、今日も子どもたちの相手してたのにゃ?」
「ああ。……拳で話すのは、まだ下手だ」
「にゃはは、でも子どもたち、ぜんぜん怖がってないにゃ。むしろ“ガルにき先生”って呼ばれてるにゃ」
狼の獣人は、少しだけ照れくさそうに頬をかいた。
「……まったく。戦いよりこっちのほうが、ずっと手強いな」
夜風に乗って、笑いがこぼれる。
それは、戦場では見せなかった――ほんとうの、平和の音だった。
そして――。
再び、タイガの声が空へ響く。
「……ああ。これが、“エンディングロールの向こう側”ってやつか」
「にぃに、タイトル出たあとに、まだしゃべってるの!」
「スタッフロール後の続編予告はお約束だろ!? 次回! 第二期 も、準備万端だぜェ!」
リオナがくすくす笑い、ガルムが遠くで微笑む。
リュミナスの祈りが再び風に溶け――。
――“灰を超えて、生きる物語”が、静かに幕を閉じた。
Fin.
これにてタイガたちの物語は完結となります。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございました!
またどこかでお会い出来たら嬉しいです。
次回作も見かけたら、ぜひ宜しくお願いします!




