第65話【前半】 灰の果て、黎明の空にて
夜が明けた。
崩壊していたセレスティアの空に、初めて光が差し込む。
灰は消え、風が歌っている。
それは――“再生”の音。
フレアがタイガの肩にちょこんと座り、金色の瞳を細めた。
「……にぃに、あったかいの」
「そりゃそうだ。徹夜明けテンションMAX状態の“ハッピーエンド演出”だからな!」
「……でもね、あたち、もうこわくないの。“灰”のなかにいても、みんなの“光”があるから」
タイガは、少しだけ照れくさそうに笑って空を見上げる。
「じゃあ、次の物語を創る番だな。“神を超える者”じゃなく――“生きる者”として」
雲の切れ間から、朝日が差し込む。
黄金と灰の光が交差し、世界が、静かに色を取り戻していく。
【レオパルド】
崩れた瓦礫の上、灰が金色に染まりゆく。
レオパルドは、金と豹紋の髪を手ぐしで整え、長い尻尾を優雅に振った。
その動作だけで、戦場がまるで舞台に変わる。
「ふふっ……あたしの美貌が、また世界を救っちゃった感じかしら♡」
冗談めかした声音。
だが、その奥の瞳は、燃えるような黄金の光を秘めていた。
――かつてのレオンは、月牙の吼王国と恐れられた獣人国ノクト=ファングの猛将。
戦神と恐れられ、《獄炎咆将》 の異名を持つ者だった。
その咆哮ひとつで、敵軍の心を砕き、そのユニークスキルが振るわれる時、戦場を灰へと変えた。
獣の誇りと戦の宿命――それこそが、レオパルドの生だった。
だが、あまりにも多くの命を散らしすぎた。
勝利の果てに残ったのは、燃え尽きるような虚無。
その日、レオンは“獣の王道”を棄てた。
「……もう、あんなふうには吠えないわ。あたしは“壊す”ためじゃなく、“魅せる”ために生きるの。戦場よりも、ランウェイの方が――ずっと、血を美しく塗り替えられるでしょ♡」
鏡の破片を拾い上げ、自らの黄金の瞳を見つめた。
かつて修羅の炎を宿した瞳は、今や黎明の光を映している。
「でもね……この世界がまた闇に沈むなら――そのときは、もう一度“豹”として吠えるわ。“大切なもの”を護るためなら、あたし、修羅でも構わない」
風が吹く。
尻尾が翻り、舞い上がる灰が、金の光に照らされて踊る。
――かつて、戦神だった獣が、美を纏う者へと生まれ変わる。
レオパルド=ゴールド=レオン
獄炎を背負い、今は掛けがえのない仲間たちと共に冒険の道を歩む者。
彼の笑みは、夜を越えた世界に差す“最初の朝日”だった。
【バルド & アーク & ガルム】
崩れた鍛冶場。
まだ焦げた鉄の匂いが残る中、バルドが拳を鳴らす。
「壊す仕事は終わりだ。次は――“造る”番だな」
そう呟いて、隣に立つアークを見る。
光の装甲を纏う彼女は、まっすぐな瞳で返す。
「ワタシ、主ノ為ニ鍛エラレタ守護兵装。……ダカラ、鍛冶師ノ恋情ニハ応エラレナイ」
一瞬、空気が止まった。
バルドは苦笑し、肩を竦める。
「ハッ、やっぱり鋼より硬ぇな。……けどいいさ。お前が笑ってりゃ、それで上等だぜェ」
そのやりとりを背後から見ていたガルムが、小さく鼻を鳴らす。
雷光が消えた拳を見つめながら、ただ一言。
「……悪くない鍛え合い、だ」
そして彼は、拳を胸に当て、去っていく。
背中からは、どこまでもまっすぐな風が吹いていた。
【ミルフェ & メラニー】
崩れた聖堂の跡地で、香ばしい風が吹く。
ミルフェが焦げ跡の残るレシピを拾い上げ、わずかに微笑む。
「神の奇跡より、人の温もりを。――ねぇ、メラニー。次は何を焼きましょうか?」
「きゃん……灰味のパイ? 最初は渋く感じるけど、食べ終わったら甘さが“再生”する奇跡のスイーツ......初恋のせつない甘さを感じられるそんなスイーツ創れたらいいきゃんね」
「まぁっ、あなたらしいわね」
二人の笑いが、甘い風に溶けていく。
焼け跡から立ち上る香りは、もう戦の匂いではなかった。
【 サリヴァ & クラウン 】
崩壊したセレスティアの中央管理塔――
その灰の残骸の中で、まだ焦げた端末が微かな光を放っていた。
サリヴァは煤にまみれた手袋を直し、静かに眼鏡を押し上げた。
「秩序は壊れた。だが、理論は残った……“再構築”を始めよう。――世界を、もう一度、理性の回路で組み上げるために」
その背に、影が差す。
黄金の冠......マントのような金髪をひるがえすひとりの男――ロスウェル錬金ギルドマスター、クラウン。
「フッ、貴公の論理はいつも冷たいな。焼けた鉄にも心はあるのだぞ、サリヴァ!」
灰の風に揺れる彼の笑みは、どこまでも熱かった。
「真の錬金とは“魂の熱量”だッ! 理論ではなく――信念を練り上げる炎だッ!」
サリヴァは、端末のキーを叩きながらため息を漏らす。
「熱量は誤差だ、クラウン殿。貴殿の“激情錬成式”は効率ニ十三%以下。無駄が多すぎる」
「ならば証明せよッ!」
「……何をだ?」
「理論か激情か――どちらが世界を動かす真なる“創造”かをッ!」
灰の塔の中に、再び火花が散る。
サリヴァの冷たい蒼光が端末を走り、クラウンの掌からは紅蓮の魔法陣が迸った。
理性と情熱――その二つの光が、焼け跡の空を照らす。
灰だった街並みが少しずつ息を吹き返し、崩れた壁の中に新しい街路の輪郭が浮かび上がっていく。
クラウンが笑う。
「見ろ、サリヴァ! この溶けた鉄の香りを! “再生”の匂いだ!」
サリヴァは小さく口角を上げた。
「……悪くない。どうやら、誤差にも価値はあるらしい」
二人の会話は、いつの間にか論争から実験報告へ、そして実験報告から“未来の設計図”へと変わっていった。
焼け跡の塔で、理論と情熱が再び交わる。
その火花こそが、セレスティア再生の最初の光だった。




