第6話 遺跡で目覚めたら心臓にAIが入ってた件
――どれくらい、眠っていたのだろう。
まぶたの裏を、青白い光がかすめる。
意識が浮上した瞬間、岩肌の冷たさと湿った空気が、まるで「現実確認ボタン」みたいに俺の肌を刺した。
「……生きてる? 俺、まだ生きてるのか?」
口に出してみると、声が洞窟に淡く反響した。
どうやら――俺は、あの遺跡の崩壊から生き延びたらしい。
……いや、正直、奇跡って言葉で片づけていいレベルじゃない。
普通ならエンディング曲が流れててもおかしくない展開だ。
周囲を見渡すと、遺跡の光はすっかり消えていた。
ただ、壁の苔が青白く淡く光っていて、それだけがかろうじて“生”の名残を感じさせた。
――そして、胸の奥。
そこに確かに、“何か”がいる感覚があった。
心臓の奥に、異物。けれど温かく、微かに脈動している。
なんだこれ、心臓にWi-Fiルーターでも入ってんのか?
「……まさか心臓にコアが埋まってるとか、そういう王道展開じゃないよな?」
半分冗談、半分本気で呟いたその瞬間――
《――起動確認。ユニット・T-01、仮宿主識別:ヒューマン “トラノモン・タイガ”》
「……え?」
脳内に“直接”響いた。
まるでイヤホン越しでもスピーカーでもない、“思考の中”に声が流れ込んでくる。
しかもその声――機械的なはずなのに、不思議と“祈り”のような響きを持っていた。
《照合中……データバンク損傷率92%。メイン人格の復旧不能。補助人格《Fragment-EVE》を起動――》
淡く、落ち着いた声。冷たいはずなのに、どこか包み込むように優しい。
《初めまして、宿主。私は《創造ノ核心(The Core of Genesis)》の制御人格――イヴと申します》
「イヴ……AI? いやいや、ちょっと待って。この世界、剣と魔法のファンタジー世界だろ!? 今さらSF混ざってくるの!?」
頭が追いつかない。ジャンル混ざりすぎだろ、ラノベ編集に怒られるぞこれ。
《この惑星における“魔法”とは、かつて我らが設計した超演算言語体――“構築文法(Formula Architecture)”の派生概念です。あなたが“創造魔法”と呼んだものは、その原典にあたります》
「ちょ、待て待て待て。つまり魔法=古代のプログラミング言語の劣化版ってこと? マジで? え、これ完全にSF展開じゃん!?」
《定義上は近似します。あなたの理解速度は良好です、宿主》
「良好とか言われてもなぁ!? 俺ただの社畜ゲーマーだぞ!?ブラック企業で耐えた精神力しかスキルないからな!?」
《確認……あなたの“逃走本能”スキルには極限時適応補助効果があります。創造体系再起動に適合》
「いやいや、なんでそんな分析してくんの!? 履歴書読まれてる気分なんだけど!」
思わず突っ込みを入れつつも、どこかで理解していた。
この声――この“存在”は、本気で俺の中に“宿っている”。
胸の奥が、再び微かに脈打つ。
《……宿主。創造体系の再起動には、あなたの意識同調が必要です》
「再起動って……そんな簡単に言うなよ。俺、いま完全にチュートリアル終わった直後だぞ? ボス出されても困るからな?」
《心配はいりません。最初の課題は――創造の基礎》
「課題って言った!? お前、完全にチュートリアル進行AIじゃん!」
《それでも構いません。あなたが学ぶ意志を持つ限り、私は導きます》
声は、静かに、祈るように響いた。
その調子が、なんだか“聖母”っぽくて、逆に怖い。
「……で、何すればいいんだ?」
《創造魔法は“イメージ・構成・詠唱”の三要素で成立します。あなたは“イメージ”に集中してください。構成式は私が補完します》
「はいはい、じゃあ……何を創ればいいんだ?」
《最も単純な物質――“水”を》
「お、いきなり定番チュートリアル素材きたな。OK、やってみる!」
俺は目を閉じ、手のひらに“冷たい水”を思い描く。
雨粒の感触、川の流れ、風呂の湯気……それら全部を混ぜた“冷たくて透明な液体”。
《魔力回路展開。創造式安定。発動可能》
目を開くと、空気中に金色の紋様が浮かんでいた。
幾何学と数式が絡み合うように、ふわりと光を放つ。
そして――
「――“Formulate: Aqua Element”」
口が勝手に動いた。
次の瞬間、光が収束し、手のひらの上に――“雫”が生まれた。
「……おおっ、本当に出た!? すげぇ、俺、今完全に創造神チュートリアル突破したぞ!?」
水滴は小さい。でも、確かに冷たい。
それは紛れもなく、俺が“作り出した”ものだった。
《成功。あなたの魔力波形、低出力ながら安定。創造精度は高水準です》
「はは……やば。これ、神話級チートってやつじゃないか? 俺、次の瞬間ラスボス扱いされないよな?」
《誤解です。あなたは神ではありません。あなたは――“修復者”》
イヴの声は、静かに響いた。
まるで“世界の記憶”そのものが、言葉を紡いでいるように。
「修復者、ね……なんかカッコいいけど、責任重そうだな……」
《責任とは、存在の証明です。あなたがここにいる理由もまた――創造の一部》
その声に、不思議と胸が熱くなる。
機械の声のはずなのに、どこか“人”の温度を感じた。
《魔力残量、低下。これ以上の創造は危険です。休息を推奨》
「……了解っす、女神AII様」
《私は女神ではありません……おやすみなさい、宿主》
その声は、まるで祈るように柔らかかった。
目を閉じる。
青白い苔の光が、静かに揺れる。
そして胸の奥――二つの鼓動が重なり合うのを、確かに感じた。
――俺の中に、“創造”が宿った。
その夜、遺跡の奥の壁が、一瞬だけ光を返した。
まるで、この世界そのものが――俺の“再創造”を、待っていたかのように。




