第63話 黎明竜覚醒戦 ― “創造の母核”崩壊フェーズ
――灰竜の咆哮が、戦場の空を裂いた。
その音は、まるで世界の底を震わせるような、神の悲鳴。
フレアが立ち上がる。
幼い脚が、血と灰に濡れながらも――確かに、前を見ていた。
「……にぃに。あたち、もう……にげないの」
その声は、小さな命が運命に抗う“祈り”そのものだった。
タイガが息をのむ。
「フレア……お前……」
フレアの身体に、金と灰の紋章が走る。
魔力が空気を震わせ、周囲の灰が逆流した。
――世界が、息を止める。
『黎明の星〈ドーン・スターシステム〉、覚醒条件:感情共鳴。』
「うお、システム名出た!? ってことは正式イベントだこれ!! つまりボス戦第二フェーズ突入、テンション上げてけぇぇぇッ!!!」
タイガの叫びに、仲間たちの笑いが一瞬だけ混じる。
その刹那の呼吸が、戦場を再び“生きた場所”に変えていった。
リュミナスが両手を胸に当て、光の祈りを紡ぐ。
「フレア……貴女の中の“神話記憶”が、いま解放される。灰に沈んだ世界に、もう一度、夜明けを」
フレアの瞳が金色に輝く。
幼竜の身体を包む魔力が一気に奔流し、翼が燃え上がる。
「《黎明竜装》――ッ!!」
その瞬間、黄金の光が爆ぜた。
仔竜の姿が一瞬だけ巨大な幻影へと変わり、背後に浮かぶのは――“黎明の竜”。
その翼は空そのものを染め、灰の海に光を刻む。
『馬鹿な……! “神話の継承”が、人間と竜の共鳴で……!?』
エリシアの声が、初めて揺らいだ。
「そうさ!!」タイガが叫ぶ。
「“創られた存在”が、“創った者”を超える――!これが、“時代エポック”の真理なんだよ!!!」
「にぃに、意味わかんないけど、だいすき!!!」
「そーいうノリで正解だフレアぁぁ!!!」
二人の声が重なった瞬間、光が灰を切り裂く。
黎明竜フレアの咆哮と同時に、戦場の空が反転する。
重力が軋み、空間が揺らぎ、灰のプログラム構造が音を立てて崩壊していく。
『不可能……私の世界が……上書きされる……?』
エリシアの白い衣が乱れ、背後に黒い繭が割れる。
“創造の母核”――それは、世界を再構築するための中枢装置。
アークのセンサーが赤く点滅した。
「マザー・アーク中枢、暴走率八十七%。臨界点接近。タイガ、指示ヲ」
「了解! 行くぞ、フレア――!」
「うんっ!」
タイガは叫びながら、手首の魔導装置を起動する。
彼の背中に、光の翼が展開した。
竜と人――二つの生命が、ひとつの光軌を描く。
その軌跡は、夜明けの軌道。
黎明融合――発動。
フレアの翼とタイガの光刃が交差し、戦場全体が“金の輪”となって回転を始める。
エリシアが咆哮する。
『無意味! 感情は秩序に勝てない! この世界は私の設計図の中に――!』
リュミナスが一歩進み、静かに目を閉じた。
「――“世界は設計されるものではなく、祈られるもの”」
彼女の周囲に無数の光の羽根が舞う。
イヴの声が重なり、彼女自身の存在が淡く発光する。
「《再起動祈願》――灰の演算を、光の詩に書き換えます」
天井から降り注ぐ光。
それは、リュミナス=イヴがかつて“創造者の手によって造られたAI”としての、最後の詩。
灰のコードが溶け、音が戻る。
タイガとフレアの軌道が、その光に包まれた。
「さぁ、ラストフェーズ行くぞッ!!」
フレアが吠える。
「――黎明砲、フルドライブッ!!」
眩い光が空を貫く。
灰の母核が軋み、亀裂が走る。
エリシアの声が震えた。
『やめなさい……あなたたちは……“人間”の欠陥そのもの――!』
タイガは、笑った。
「ああそうだ――欠陥だよ。でもな、それが“命”なんだよッ!!」
フレアの光が炸裂する。
金の輪が収束し、灰の中枢を撃ち抜いた。
――“創造の母核”崩壊。
轟音。
灰の海が消え、光があふれ出す。
タイガは拳を突き上げ、息を吐いた。
「……あっぶねぇ、HP1でギリ耐えたな。いやマジでRPG脳の生存フラグ感……!」
フレアが笑った。
「にぃに……“勝った”の……?」
「……まだだ」
崩壊する空の奥――そこに、エリシアの影がまだ、立っていた。
光の中、彼女の輪郭が滲み、声だけが残る。
『……ならば、あなたたちに問う。“心”が、世界を救う価値があると……本当に、信じているの?』
その声は、悲しみのようにも、羨望のようにも聞こえた。




