第62話【後半】 黎明戦 ― 灰に抗う者たち(対《エリシア・オメガ》開戦)
灰の嵐の中、アークとバルドが築いた光壁の陰を駆け抜ける影があった。
――シェリル。
風のように軽やかに、エルフの少女は弓をかかげる。
「フェアリーたち、手伝って――みんなの想い、重ねるよっ!」
空気が震え、淡い光の粒が彼女の周囲に集う。小さな声が重なり、世界が一瞬、歌になる。
「《妖精共鳴射術――クワイアアロー》ッ!!」
放たれた矢は一本ではなかった。
数百の音色が風に乗り、旋律のように軌跡を描く。
弦音が響くたび、矢が舞い、灰を貫く。
それは破壊ではなく、調和の斬撃だった。
音の波紋が広がり、エリシアの防壁を軋ませる。
硬質な灰の殻に、光が亀裂を走らせた。
「みんなの心、聞こえる……!だから――この世界は、まだ壊れないッ!!」
風が鳴き、妖精たちの笑い声が空に響く。光の矢がひとつ、終焉を謳う創造者の胸へと突き刺さった。
灰の結界が、歌の余韻と共に崩れ落ちていく。
――しかし。
『感情演算、過剰。排除開始――』
エリシア・オメガの声が響いた瞬間、その背から黒い糸が幾万と伸びた。
糸は空気を這い、壁を伝い、空そのものに突き刺さる。
――世界の構造式が、書き換えられていく。
空が反転し、灰の海が天へと流れ出す。
床が裏返り、重力さえも意味を失った。
「な、なにこれっ……!? 空間が“上書き”されてる!?」
ミルフェが息を呑む。
その瞳に映るのは――豹団たちの渾身の攻撃が、まるで幻のように消えていく光景。
「嘘……あれだけの猛攻が……っ、無かったことに……!?“再構築演算”……世界ごと、塗り替えてるの……!」
レオパルドが舌打ちしながらチャクラムを両手に構え、回転させる。
「……“神の編集権限”まで持ってるってワケ!? 洒落になんないわねぇ!」
サリヴァが青ざめた表情で計算式を描く。
「空間歪曲率、限界突破……っ! 攻撃した瞬間に“巻き戻し”処理をされてる……!」
バルドが盾を構え直し、叫ぶ。
「つまり、“攻撃を喰らう前”に世界を修正してるってのか!?」
空間が軋む音。灰の糸がひとつ、ガルムの足元を這う。
狼獣の拳闘士が一歩前へ踏み出し、低く唸った。
「――そんな理屈、関係ねぇ。壊される前に、叩き潰すだけだ」
次の瞬間、灰色の世界が完全に反転した。
すべての音が止まり、光が――“負”に染まる。
黎明前の闇。
『――《再創造領域》起動。灰滅竜、再起動』
――闇が、鼓動を取り戻す。
崩れた大地の下から、灰滅竜が咆哮を上げた。
鎖の音。魔核の鼓動。世界そのものが共鳴するように軋む。
だが、その咆哮には――かつての“竜の魂”の温度がない。
ただの命令と演算の塊。創造者が生み出した“残響”に過ぎなかった。
「……あいつの、魂が泣いてやがる」
タイガの悲哀を帯びた声に、フレアが顔を上げる。
黄金の瞳が揺れた。
「じゃあ、あたちが――もう一度、“光”をみせる」
その身体を包む金の紋章が脈打つ。
空間の灰が逆流し、まるで彼女を中心に世界が座標を“再定義”していく。
「システム認証……再座標化開始――《黎明竜フレア・コード:リヴァース》、臨界値到達」
電子音が響き、光が世界に刺さる。
「お、おおおおお!? やべぇ、画面のエフェクト量がラスボス演出のソレ!!」
タイガが思わず叫ぶ。
だが、その瞳は――震えも恐れもなく、ただまっすぐに彼女を見ていた。
「フレア……。お前が光を放つなら――俺はその座標になる!」
クラフトギアの魔力炉が紅く点灯する。
彼の身体から、溶けるように魔導陣が展開された。
「クラフトリンク・インストール――“黎明連携”開始!」
フレアがタイガを振り返り、微笑む。
「いっしょに、いくの」
「おう。実況者魂、全開でな!」
手と翼が重なった瞬間――
灰の海が光の渦に飲まれる。
リュミナが祈りを紡ぐ。
「黎明の竜と、人の子の座標よ……いま、世界を再構築せよ――」
祈りの声が波紋のように広がり、アークの装甲が光を反射し、レオパルドの光輪が天を裂き、ガルムの拳が雷をまとった。
すべての“想い”が、ふたりの光へと収束していく。
――それは、“滅び”に抗う唯一の答え。
灰の空に、再び“黎明”が生まれた。




