第60話 地下へ ― 終焉の創造者(クリエイター)前夜
【 セレスティア地下中枢 ― 創造者の神殿】
夜の帳が降りるたび、瓦礫の街にわずかな星の光がにじんでいた。
それはまるで、失われた祈りの名残のように――灰の煙の向こうで、崩壊した都市がかろうじて息をしている。
地上の炎が遠くで唸りを上げる中、金の豹団と《TIGER GATE》の面々は、ついにそこへ辿り着いた。
セレスティア中央区――地図からも消された禁断の領域、“セレスティア地下中枢”。
古代の魔術機構が、低く軋む音を響かせ、床一面を覆う魔法陣は、青白い残光をゆらめかせ、霧のような魔素が流れる。
空気が違った。
まるで“生き物の体内”に入り込んだような湿り気。
金属とも肉ともつかぬ壁が、時おり鼓動のように脈を打つ。
「……ここが、終焉の“創造者”の禁域かよォ」
バルドの声が、重く沈んだ空気を震わせる。
サリヴァが指先で光の符を描き、古代文様を浮かび上がらせる。
「魔力炉と直結してる……。この階層、本来なら封印対象のはずだ。なのに動いてる。誰かが――“再構築”してるな」
アークの視界が赤く閃いた。
機装の奥から、電子的な警告音が低く響く。
「警告。内部、高濃度魔素反応。形状データ異常。……人為的改造ノ痕跡ヲ検出」
静寂の中で、タイガは拳を握った。
炎の明滅に照らされた横顔が、珍しく真剣そのものだ。
「……ってことはさ。あの“リヴァイア・ネメシス”を造った奴――まだ生きてるってことだよな」
レオパルドが金と豹柄のメッシュの髪を指先で払い、艶やかに笑う。
「ふふっ、まるで“創造神”ごっこねぇ。世界を壊して、自分好みに作り直すなんて――ほんと趣味が悪いわ」
タイガは、思わず苦笑した。
「いやいや、終焉の“創造者”って名乗るセンス、逆に嫌いじゃねぇ。厨二心の権化って感じだ。……自分でラスボス名乗るタイプ、たいていエンディング直前に“真の目的”語るやつ」
その調子で空気を軽くしたつもりが、リオナがじと目で睨む。
「お兄にゃんの頭に突き刺さってる、それブーメランにゃ! あと今はフラグ立てないで欲しいにゃ!」
笑いがわずかにこぼれた。
だが、誰も本当には笑っていなかった。
その軽口の奥に、同じものがあった。
――この先は、冗談の通じない“終わりの領域”だという確信。
アークが静かに光学翼をたたみ、ミルフェの方へと視線を送る。
「進行経路、確認完了。目的地マデ、推定深度七〇〇メートル。ココカラ先一方通行」
ミルフェはわずかに息を飲み、手を胸に当てた。その指先が、祈るように震える。
「……なら、戻らないわ。この街を、“お菓子と笑顔の香り”で満たしてたあの頃のように……もう一度、取り戻したいから」
リュミナスが静かに目を閉じ、彼女の手に触れる。
「大丈夫。祈りは消えない。たとえ灰に覆われても――“光は、そこに残る”」
沈黙が降りた。
それは、恐怖ではなく“覚悟”の静寂。
タイガが息を吸い、目の前の暗闇を見据える。
「――さて。第三章ラストバトル、いよいよ地下ダンジョン突入編ってわけだ」
声に力を込めながら、いつもの調子で笑う。
「BGMはもちろん“宿命を超えて”系。猫耳商会特製創造回復薬チェック、MP残量オーケー、仲間全員フルスロットル。さあ、行こうぜ! 俺たちの“シン創造者戦ルート”!」
その声を合図に、一行は、光と闇の狭間――“セレスティア地下中枢”の深淵へと歩を進めた。
階段を降りるたび、音が遠ざかっていく。
上の世界が霞のように薄れ、代わりに、“創造の鼓動”が近づいてくる。
――誰もが、わかっていた。
ここから先が、“物語の底”だと。
【地下通路 ― 青の残光】
瓦礫の下を抜けた瞬間、空気が変わった。
――そこは、まるで別世界だった。
半透明の柱が立ち並び、青白い光が川のように流れている。
空間全体が、淡く脈打つ“心臓”みたいに鼓動していた。
「……ここ、しってる気がするの」
フレアが足元の紋章を見つめる。
それは彼女の翼に刻まれた“黎明の印”と、同じ形だった。
「もしかして……ここ、“あたちの前のあたち”が生まれたとこ?」
タイガは小さく息を吐き、手のひらで光をすくった。
指の隙間から零れる粒子が、まるで時間そのものみたいに流れていく。
「……ああ。たぶんここが、“創造者”が神話級竜を生み出した場所だ。――神を模倣して、世界を弄くった、人間の“黒歴史ラボ”ってやつだな」
「“黒歴史ラボ”……しかしお前は本当にブレずに謎言を吐くのォ」
「いやでも見ろよこの床! 魔法陣のエフェクトとか完璧だぞ!? ゲームでいったら完全にラストダンジョン前の地下神殿っしょ!」
「テンション上がってる場合じゃないのにゃ……」
バルドやリオナがため息まじりに溢すが、そんな軽口さえ、どこか緊張をほぐしてくれていた。
サリヴァが掌を掲げる。
青の光が、壁一面の古代碑文を照らす。
『この地に、灰と光の双星を宿す。“神を超える器”を――』
淡い残響が、空間の奥へと染み込んでいく。
「双星……伴星か」
「つまり、タイガとフレア……あなたたちは、その“原型”なのかも知れない」
リュミナスの声が静かに重なった。
タイガは苦笑した。
「やれやれ、またそういう運命設定か。“選ばれし者”とか、“血に刻まれた使命”とか――正直もうお腹いっぱいなんだよな」
一拍。
そして、目を細める。
「……でもさ。ここまで来たらもう否定する気もねぇ。どうせなら、世界を救うルートに全力で突っ走ってやるさ」
軽口の裏に、確かな決意。
そして青光に揺れるフレアは、瞳の奥に金の輝きを宿していた。
「にぃに……あたち、もう逃げないの。“つくられた竜”じゃなくて、“生きてるあたち”として……まもるの」
その言葉に、タイガが微笑む。
「――上等だ。よし、じゃあここからは主人公補正フル稼働で行こうぜ。俺とフレアは“造られた対”じゃない。自分で選んだ“相棒”だ」
その瞬間、通路を満たす青の残光が、ひときわ強く脈打った。
光が彼らの周囲を包み込み、まるでこの遺構そのものが、“彼らの選択”を肯定しているかのように。
風が吹き抜ける。
灰の匂いに、ほんのわずか“新しい朝”の気配が混じった。
――この先に、原初でいて終焉とも呼ばれる創造者がいる。
だがもう、誰の手にも迷わされない。
彼らは進む。
笑って、叫んで、世界を救うために。




