第59話 灰の天哭 ― フレア覚醒
――空が、割れた。
城都セレスティアの中心部。
白亜の尖塔を砕きながら、巨影が姿を現した。
「な、なんだありゃあッ!?」
崩壊する瓦礫の間から姿を見せたのは――
かつてタイガたちが討ち倒した“灰滅竜グラウズ=ネメシス”を模した巨躯。
その肌は鈍く濁った黒金。
胴の裂け目からは、赤黒い魔力パルスが周期的に脈動している。
「識別反応――否。“グラウズ”異ナル。構造偽装……」
アークの分析がかって死闘を交えた強敵との違和感を抽出する。
「《リヴァイア・ネメシス》。灰竜型自動防衛兵器だと……?」
サリヴァのユニークスキル《法典詠唱コーデクス・アーキタイプ》でも目の前の敵に不自然さが演算される。
眉をひそめるサリヴァ。
解析映像のホログラムが、空中で幾重にも重なった魔術式を映し出す。
「構成パターンが……グラウズと同一……でも中身がまるで違う。これは、誰かが“模造”した何かだ」
風が逆巻き、瓦礫の中に金の鱗が光った。
フレアがぴくりと反応し、翼を広げる。
「……あれ……あたち、知ってるの……。あの“音”、あの“におい”……」
「フレア?」
「……こわいの。あたちの……中の“おっきい何か”が、泣いてるの……っ」
その瞬間、空気が変わった。
リヴァイア・ネメシスの咆哮――いや、機械音が空を裂いた。
金属が軋むような咆哮。
そして、フレアの胸が光り始める。
「反応急上昇!? 魔力共鳴、臨界値突破――!」
タイガが思わず叫ぶ。
「――やっぱ来たッ!! 伝説系モンスターの“自己覚醒イベント”!! この流れは完全に“アニメ版第十三話後半”だぁぁ!!」
「実況してる場合じゃないにゃ!!」
フレアの体が眩い金と灰の光に包まれた。
瞳の奥に、古代の記憶――“神話の残響”が流れ込む。
遙か昔。
灰の神竜と、光の少女がいた。
彼らはこの大地を護る“最初の伴星”だった。
「……あたち、思い出したの……。“あたち”はこわすための竜じゃない……“護るための光”だったの……っ!」
光が弾ける。
幼竜の背に、神紋が浮かび上がる。
“黎明の印”。
灰と金が交じる燐光が、翼へ、尾へ、空へと伸びていく。
「フレアァァァァ!! そのまま行けッ、空を裂けッ!!」
「了解! にぃにっ!! ――《黎明咆哮》ッ!!」
咆哮が大気を震わせた。
その瞬間、金の光線が放たれ、《リヴァイア・ネメシス》の胸部を直撃!
外装が崩れ、内部の制御核が露出する。
「っ……制御核、自己修復中ッ!? こいつ、ただの兵器じゃないッ!」
「ふふっ……でも、隙は見せたわねぇ。――ナイスよッ♡ おチビちゃん!」
金の豹が風に舞う。
レオパルドの瞳が夜空を切り裂くように細められた。
指先が空をなぞると、そこに十重の魔導環が鮮やかな花となり咲き誇る。
「《霊宝器召喚》応じなさい、黄金の芸術神! 顕現せよ、《深淵穿つ螺旋杭》!」
その瞬間、戦場が劇場と化した。
轟音が夜を裂き、彼の背後に金の羽根のような光陣が展開される。
空気が震え、まるで万の拍手のように雷鳴が連鎖する。
召喚されたのは――神話の残響と呼ばれた禁忌の武器。
鏡のように光を反射する杭が、レオパルドの腕部魔装に接続される。
トレードマークの紅のマントが舞い上がると、左肩の大袖となり、深紅に染め上げる。
そのまま妖艶と称すには、あまりにも凶悪な笑みを浮かべ。
「さぁ――美しく、散りなさいな。これは芸術と破壊の共演――“ゴールデン・アポカリプス”よ♡!」
パイルバンカーが、黄金の螺旋を描いて爆ぜた。
衝撃波が地を割り、残滓が花弁のように舞い散る。
その中心を、星々を散りばめた幾つもな光の杭が追う。
閃光、貫通。
露出したコアの再生が追いつかないまま、ついには内部から光があふれ出す。
それは破壊ではなく、まるで“祝福の浄化”のようでさえあった。
「これが……わたし流の“仕上げ”よ。舞台は終わり、カーテンコールは――あたしの勝ち♡」
コアが弾け、灰の中で金色の光が咲き乱れる。
爆音。
衝撃波が街を駆け抜け、瓦礫を宙に舞わせる。
炎と光が交錯し、夜空が白く染まる。
そして、煙の中。
フレアがタイガの肩に降り立った。
息を荒げながら、それでも笑顔で。
「にぃに……ちゃんと、“まもれた”の……?」
タイガは笑い、拳を軽くぶつける。
「おうとも。お前、最高だったよ。――こりゃもう完全に、“真ヒロイン覚醒回”決定だな!」
「ひろいん……? あたち、すたーなのっ!」
「そうだよ、フレア。“黎明の幼竜”――この時代の、最初の星だ」
風が吹く。
遠くで鐘が鳴った。
夜明けが、ほんのわずかに街を照らしていく。
――だがその時、アークの通信機が赤く点滅した。
「……待機信号。発信源、セレスティアノ地下中枢。 “創造者”名義コード――識別不能」
タイガが振り向き、空を見上げる。
「……やっぱり。黒幕はまだ、ここに居るってわけか」
フレアの瞳が、静かに燃えた。
「にぃに……あたち、もう泣かないの。“灰の空”を、光で塗り替えるの……!」




