第58話【前半】 灰翼の都セレスティア奪還作戦
灰色の雲を割り、《アステリア・ドライブ》が滑空する。
眼下に広がるのは――かつて“光の都”と呼ばれた結界都市。
今は、灰と炎に沈む死の街だった。
塔は折れ、聖堂は崩れ、空気すら毒を含んでいる。
――それでも、誰かの祈りの欠片が、まだこの地に漂っていた。
「……これが、私の故郷……」
ミルフェの声が震える。灰煙の向こうに、崩れた菓子工房の屋根が見える。
そこは、彼女が夢を語った場所――甘い香りの記憶が、今や焦げ跡だけを残していた。
タイガが拳を握り、口を開く。
「……悲しみの街でも、再建フラグは立つ。ここからだろ、俺たちの第三章――!」
通信機から、ミーネの冷静な声。
『全員、チーム分割開始! 目標は二つ。
一、避難民の確保と結界再展開。
二、灰瘴核の破壊。
現地で再編、敵主戦力は空中からの瘴気翼獣群に注意し、各個撃破!』
【 地上救援班】
ミルフェ/リュミナス/ガルム/シェリル/アーク
瓦礫の街を抜け、光と炎が交錯する路地を駆ける。
空から灰が降り、血と鉄と煙の匂いが交じる。
リュミナスが両手を胸に当て、静かに目を閉じた。
その声は、祈りとも詠唱ともつかぬ旋律。
「《セラフィック・フィールド》天より降り注げ、赦しと導きの光……どうか、この魂たちを……闇の底から……連れ戻して」
白い光が弾け、瓦礫の街路に天使の羽根のような輝きが広がる。
灰の中で、それはまるで夜明けの断片だった。
その下から、かすかな泣き声。
「ミルフェ、子どもたちが……っ!」
「ガルム! この瓦礫、お願い!」
「任せろッ!」
獣人拳闘士《鉄拳のガルム》が吠える。
背中の刻印が赤熱し、魔力の雷光が筋肉を走る。
「《獣装解放》――ッ!!」
獣の腕が閃き、黒銀の爪が瓦礫を一瞬で粉砕する。
爆ぜる破片の中、彼は片手で子どもを抱き上げた。
「――大丈夫だ、もう怖くない」
低く、優しい声だった。それは恐れを知らぬ闘士の強さと、すべてを包み込む温もりを併せ持つ響き。
その声に被るように、灰の影が迫る。
瘴気をまとった灰獣が路地を埋め尽くす。
シェリルが後方で弓を構えた。
青い風が彼女の緑色の髪を優しく撫で、精霊たちのささやきが耳に満ちる。
「《妖精共鳴射術》共鳴せよ、風精ッ!」
弦が鳴った瞬間、風の精霊たちが彼女の矢を抱いて飛んだ。
風は歌い、矢は舞い、灰獣の群れを切り裂く。
音が旋律に変わり、戦場が一瞬、幻想の舞台と化した。
「ミルフェ! 避難路、確保できた!」
「ええ、ありがとう、シェリル!」
ミルフェは震える手で祈りの印を結ぶ。
その指先から、光の糸が伸び、炎の中に“道”を描き出した。
生き残った者たちを導く、ほろ苦く切ない希望の軌跡。
だが、その頭上に、黒い翅の影が落ちる。
灰色の羽を広げた瘴気獣の群れが、空から降り注いでくる。
リュミナスがゆっくり顔を上げた。
銀灰の瞳に、燃える街が映る。
「……灰翼の軍勢。降下して……きます……」
その声は恐怖ではなかった。
静かな決意――祈りをもって、戦場を迎える者の声だった。
灰翼の群れが、空を覆う。
その影が街路を呑み、光が削がれていく。
リュミナスの祈りが淡く震え、アークの展開シールドが音を立てて煌めく。
「《零式・防衛展開――セラミック・アームドシェル》、起動完了。防御ライン構築」
展開した翼状装甲が、仲間たちを包むように光壁を張った。
灰獣の咆哮が炸裂し、炎の破片が弾け飛ぶ。
アークの眼が淡く光り、戦闘演算が始まる。
その背後で――ミルフェが震える子どもたちを抱き寄せた。
血と灰にまみれた小さな手。怯えきった瞳。
「……大丈夫。もう、泣かないで……。あなたたちは、これ以上の悲しみを感じなくていい」
彼女の声が震え、それでも柔らかに微笑む。
その瞬間、灰獣が上空から急降下してきた。
焦げた翼の音が鼓膜を打つ。
「ミルフェ――ッ、下がれ!!」
ガルムの叫び。
だが、ミルフェは子どもたちを離さない。
自分の身体を盾にして、光の障壁を広げた。
「《プディング・ザ・プロミス》……っ、私が――守る……!」
淡い金色の光が彼女の周囲を包み、炎の中で揺らめく。
その光が、恐怖に震える子どもたちの頬を優しく甘く照らした。
リュミナスの視線が一瞬、強く輝く。
彼女の祈りが再び紡がれ、灰の風に聖句が乗った。
「私が守る!……光よ……まだ、消えないで……この想いが届く限り、命を繋いで……」
その声と同時に、アークの機構が赤く点滅した。
制御核が警告を鳴らし、戦闘アルゴリズムが高速で切り替わる。
「――判断、更新。保護対象:最優先指定。制限解除。重装機構モード、展開――」
アークの装甲が音を立てて変形し、翼が折り畳まれ、背部ユニットが開く。
内部のエネルギーコアが蒼白い閃光を放ち、全身のラインが脈打つ。
「《アーク・フルドライブ――バリアント・フォートレス》」
轟音。
その巨躯が大地を蹴り、灰獣群へ突進した。
両腕が展開し、重力弾を纏った拳が空気を震わせる。
「殲滅プロトコル起動『オーバーブラスト・アークハンマー』ッ!!」
拳が灰獣の群れを貫いた瞬間、衝撃波が放射状に拡散し、街のがれきを吹き飛ばす。
衝撃と共に灰の空が裂け、炎の風が駆け抜けた。
それでもアークは止まらない。
破壊と防御を同時に行う――まるで戦場そのものを掌握するかのように。
「敵性体:殲滅率ハ十七%……継続行動――完遂スル」
静かな人工音声。その裏に、確かな“怒り”のような感情がにじんでいた。
光の中で、ミルフェは子どもたちを抱きしめながら、そっと呟いた。
「……ありがとう、アーク。あなたは、誰よりも優しい心を持つ素敵な守護者よ」
彼女の頬に灰が舞い落ちる。
その一粒が溶け、光の粒へと変わって消えた。




