第55話 黎明の残り火 ~防衛都市ロスウェルへの帰路にて~
戦いのあった灰の峡谷をあとにして、TIGER GATEと豹団は一路、ロスウェルを目指していた。
空にはようやく青が戻り、遠くに白い雲が浮かぶ。
「ふぅー……やっと、まともな空気が吸えるにゃ……」
リオナが伸びをしながら、ふにゃりと尻尾を垂らす。
「そろそろ......焚き火が似合う時間だな」
ガルムが開けた場所に魔導馬車を止める。
「よーし、はいシェリル班、補給と休憩を並行で行動っ!」
「りょーかいっ! はい、アーちゃん、これ重力制御お願い! そしてぃー……」
シェリルはぱたぱたと駆け寄り、マントの裾に包まれたフレアを見つけた。
焚き火のそば、虎柄の仔竜――フレアが、ちょこんと座っている。
タイガのマントの裾を巣にして、尻尾を丸め、ぱちぱち燃える音に耳を傾けていた。
「……ふぁぁ……あったかいの……」
「もう眠いのか?」
「にぃにの匂い、安心するの……」
その瞬間――
「ぐああああっ!! タイガっ!! その“甘々距離感”は何ッ!? 合法!? 倫理審査通ってるのっ!?!?!?」
シェリルが光速で前転からのツッコミフォーム。
「お、おちつけシェリル! こ、これは、ほら、あれだよ、“癒し属性”の相互効果というか……!」
「なんで言い訳が実況調ぉぉっ!?」
「でもこれ、ほんとに“伝承生物の睡眠パターン”なんだって。体温維持と魂安定のために、“信頼対象”に密着するらしい。つまり今、俺は――!」
タイガ、目を輝かせながら両拳を握る。
「――メインヒロインポジ獲得イベント真っ最中ってことだあああああ!!!」
「それ言っちゃうにゃあああ!!!」(リオナ)
「なんか悔しいけど、構図的に完全勝利してる……!」(シェリル)
「静かに」
サリヴァが静かに幻想魔法で作ったホログラムを浮かべた。
「彼女は、今“再生の眠り”に入っている。肉体は安定。しかし内界――魂構造には未解放領域が存在」
「つまり……中でまだ、“グラウズ=ネメシス”が眠ってるってことか?」
ホログラムを解析していたアークが続ける。
「肯定。今夜、彼女ハ内ナル世界ヘ潜行」
焚き火の炎がぱち、と弾ける。
タイガはそっと手を伸ばし、フレアの頭を撫でる。
「……そっか。だったら――行ってこい、フレア。帰ってくるまで、俺らが見守っているからな。そして絶対、無事に戻ってくるんだ」
【精神界:灰の記憶遺構】
――しん……とした白い空間。
そこは灰の海が凍りついたような、静かな夢の中。
小さなフレアがゆっくり目を開ける。
「……ここ、どこなの……?」
『……懐かしい声だ』
振り返ると、そこにいたのは――かつて世界を滅ぼしかけた巨竜、グラウズ=ネメシス。
けれど、その姿はもう光の中に透け、怒りではなく哀しみと慈しみの色を宿していた。
「……あなた、あたち?」
『いや……“其方が生まれ変わる前の我”だ』
フレアは首を傾げ、小さく尻尾を揺らす。
「でも……もう、こわくないの」
『ああ、そうだな。……我も、もう恐れてはいない』
『我は滅びを願い、すべてを灰にした。だが、灰の底で――お前が灯った。その光を見て、ようやく理解した。……“滅び”の先にも炎は残るのだとな』
「にぃにが、教えてくれたの。あたたかいって、こういうのなんだって」
『ふふ……タイガか。……愚かで、だけど、とてもとても優しい人間だ』
「にぃには、あたちの大事な“あったかい”の」
『……そうか。なら、我は安心だ』
グラウズの身体が少しずつ光に溶けていく。
翼が、鱗が、風にほどけるように散っていく。
「まって……消えちゃうの?」
『消えるのではない。お前の中で、“共に在る”のだ』
光の海に溶けながら竜はフレアの額にそっと鼻先を寄せた。
『忘れるな、フレア。炎とは、ただ熱を持つものではない。それは“誰かを照らす意志”。お前がそれを抱いている限り、私はここにいる』
「……うん。フレア、ぜったい、忘れないの」
その瞬間、空一面に小さな火の粉が舞い上がる。
白の世界に、ひとすじの橙が灯る。
『行け。――黎明の竜よ。お前の炎で、この灰の世界を、もう一度照らせ』
「……まかせて、グラウズ……」
光が爆ぜ、フレアの小さな体が優しく包まれる。
世界が、目覚めるように。
タイガが目を覚ますと、フレアが胸の上で眠っていた。
微かにぴくりと尾が動き、ふわっと光の粒が散る。
「……おかえり、フレア」
小さな声に応えるように、仔竜が寝息の合間に呟く。
「……グラウズも……いっしょなの……」
その寝顔を見た瞬間――
「ぬおおおおっっ!! 今、尊さが臨界突破ッ!! これぞ“ラスボス転生萌え”の神域だぁぁぁ!!」
タイガ、完全覚醒。半ば泣きながら両手を天に掲げる。
「やばい、尊死する……いや、“尊生”だ……! 生きる活力に変換されたッ!!」
「何言ってんの!?」(リオナ)
「ちょっとぉ! かわいすぎて仕事にならないんだけど!? このもちもちを抱いて寝たいんだけどぉ!!」(シェリル)
「落ち着け、シェリル。フレアは神話級存在なんだから!」
「だから余計に尊いのぉぉぉ!! 神話が今、もふもふしてるのぉぉ!!!」
焚き火がぱちりと弾ける音。
その熱に照らされて、フレアの小さな翼が微かに震えた。
夜が明けようとしている。
光が差し込むたび、灰色の空が、少しずつ青に戻っていく。
そして、黎明の光の中――タイガは笑った。
「……よし、これで確定だな。“異世界創造モード:第三章・神話の真実編”、制作決定ッ!!」
「だからタイトル叫ぶなーっ!!!」(全員)
笑いと光の中で――
仔竜フレアは、静かに夢の続きを見ていた。
その中で、グラウズの声がそっと囁く。
『――炎よ、もう二度と、滅びのために哭くな』




