第53話 灰滅の王 灰の神遺構(メモリア・アーク)灰の終焉、そして創造の継承
――光が、途絶えた。
世界が無音に沈む。
灰色の空は凍りついたまま、時間すら呼吸を止めていた。
そこに立つのは、ただ一人。
大河。
足元には灰が舞い、触れれば記憶の断片が弾けた。
――咆哮。祈り。閃光。
――仲間たちの声。炎の海。そして、白い光の終幕。
「……ここは……どこだ?」
呟きは霧に溶け、返事はない。
ただ、沈黙の底で“何か”が目を覚ます。
視線の先――黒き巨影。
翼を閉じ、灰の海に沈む姿。
それは、封印された伝説そのもの。
《灰滅竜グラウズ=ネメシス》
『……また、人の子が、ここに来たか』
声が響く。
音ではなく、意識に直接刻まれる“想念”の響き。
それは、怒りではなく――痛みだった。
「……まだ、生きていたのか」
『我は“創造の残骸”。神と呼ばれし者に創られ、その者に恐れられ、そして封じられたもの。炎しか知らぬ我は、光を与える術を知らなかった。ゆえに“破壊”と呼ばれた。……それだけのことだ』
その言葉に、タイガの胸が軋む。
「……違う。それは、“創造の始まり”だ」
竜の瞳がゆるやかに開く。
かつての狂気の紅涙ではない。
そこにあったのは、孤独と後悔、そして――どこか人に似た憧憬。
『創造主は言った。“過ぎたる炎は、世界を壊す”と。だが我は、ただ……生命を灯したかった。土を温め、闇を照らし、命を芽吹かせる炎になりたかったのだ』
その響きに、タイガの頭の中で何かが弾けた。
「……創造主ってのは、マジで作者病だな」
『――作者、病?』
「“自分が作った世界を恐れる病”だよ。理想を描きながら、完成形を信じられなくなる……。あんたは、俺たちが読んだ“神話”の被害者だ」
タイガは笑った。
その笑みはどこか少年のようで、どこか狂気じみていた。
「俺はタイガ。創造魔導士で、異世界転生オタク。つまり、“物語を創り直すバカ”だ!」
竜の瞳がわずかに光を増す。
灰の風が揺れ、空が脈動する。
『……そなたの炎。戦いの中で見た。守り合い、壊さず、繋ぎ合う炎――。それは、我の望んだ“創造の継承”そのものだった』
「……そうか。あんた、破壊の象徴なんかじゃない。“原初の創造者”そのものだったんだな」
『創造主は恐れた。己の影を、己の理想を。ゆえに我を封じた。だが――もうよい。この炎は、次の創造者に託そう』
竜の身体が光に包まれる。
灰が解け、空が金に染まっていく。
『タイガよ。創造の継承者よ。我が“核”を受け継ぎ、神の物語を塗り替えろ。――“作者”の罪を、創造の名で贖え』
その言葉に、タイガの心が震える。
「――わかった。お前がくれたこの“ページ”、必ず書き足す。“破壊の神話”を、“再生の物語”にしてみせる!」
その瞬間、光の紋章が胸に刻まれた。
《灰滅竜の紋章》――それは、“創造の続きを書く者”の証。
光が爆ぜ、仲間たちの声が遠くから響く。
「タイガ! 聞こえる!?」「戻ってこい、バカ虎!」
「お兄にゃん、はやく目を覚ますにゃー!」
光が閃き、世界が反転した。
◆
目を開くと、崩れかけた峡谷の上。
リュミナスが涙をこぼしながら、彼の手を握っていた。
「……戻ってきてくれて、本当に……よかった」
「ただいま。――聴いたんだ、リュミナス。あいつは“滅び”じゃない。“創造の始まり”そのものだった」
仲間たちが息を呑む。
レオパルドが紅の髪を揺らし、笑みを浮かべた。
「じゃあ、次はあたしたちの番ね♡ “新しい神話”を演じるのは、あたしたち!」
「灰滅竜ノ力、解析完了。エネルギー値……神格領域ニ匹敵」
アークの瞳が淡く光る。
「神に、対抗できる……ってことか!」
バルドが歯を見せて笑い、ハンマーを構えた。
「いいじゃねぇか、次の舞台は“神殺し”だ!」
タイガは、空を見上げた。
灰の雲の向こう、かすかに黎明の光が覗く。
「創造主のペンは折られた。――なら、次の筆は俺たちが取る番だ」
銃を掲げ、笑う。
「“異世界オタク的”創造魂、ここに発動――!神様もびっくりな二次創造、始めようぜ!」
リオナが呆れたように笑い、尻尾をふる。
「まったく、どこまでもお兄にゃんだにゃ……でも、嫌いじゃないにゃ」
灰の風が吹き抜け、夜明けが差し込む。
封印は終わり、世界は静かに再起動を始めた。
――そして物語は、“再誕”の章へと進む。




