第50話 灰滅の王 黎明の出立(デイブレイク・マーチ)
夜が明ける――その少し前。
ロスウェルの空は、灰と紅のあわいに染まり始めていた。
街の外れ、まだ冷たい風の中、二つのパーティーが静かに集結する。
「ふぁぁ……眠いけど、やるしかないにゃ」
リオナが欠伸をかみ殺しながら、魔導馬車の上でしっぽをぴんと立てた。
その動きがまるで旗のようで、バルドが笑う。
「おう、旗持ちお嬢ちゃん。今日は頼んだぞ! 戦場じゃ士気が大事だからな!」
「旗じゃないにゃ! これは猫の魂にゃ!」
「猫の魂か。いい響きだな」
仁王立ちのガルムがぼそりと溢す。
朝靄の中に映える彼のシルエットは、まるで戦神像の佇まい。
「……全員集合完了」
アークが小型魔導端末を光らせる。
「作戦ルート投影。灰滅峡谷マデ、推定行程三日――途中二瘴気源、五箇所。警戒推奨」
「瘴気、ね。つまりは“前座モンスター”ってやつだな」
タイガが拳を撃ち鳴らして笑う。
「行くぞ! これぞ異世界の冒険開始ってやつだ!」
「まーたゲーム脳にゃ!」
リオナのツッコミが飛ぶ中、レオパルドが魔導馬上で優雅に笑った。
「いいじゃないの、ノリは大事よ♡ この空気……ゾクゾクするじゃない?」
「……はぁ、結局みんな昨晩のテンション高いままだな」
サリヴァが眼鏡を押し上げ、冷静に分析を続ける。
「灰滅峡谷は“魔素反転域”――魔力が不安定だ。術式の誤爆に注意しろ」
「了解っす! あ、あと見て見てっ」
シェリルが嬉しそうに袋を開け、リュミナスに見せた。
「みんなのために、夜のうちにラッキーチャーム作ったのっ! これ、魔よけになるんだよ!」
「まぁ……シェリルさん、ありがとうございます」
リュミナスはそっと笑みを浮かべた。
「あなたの想いがこもっている。それこそが、最強の護りです」
「うわ~……癒やし力が高すぎるにゃ。なんか体力回復した気がする」
朝靄が晴れ、東の空に陽光が差し込む。
その光が、それぞれの武器と鎧を照らした。
レオパルドが手綱を引き、魔導馬を立たせる。
「――さぁ、行くわよぉ! 伝説の竜が目覚める前に、あたしたちの名を刻みましょ♡」
その声を合図に、隊列が動き出す。
魔導馬車の車輪が石を蹴り、風が布をはためかせる。
黎明の光が、彼らの背を押した。
――そして、昼過ぎ。
一行は《灰滅峡谷》へ続く荒野地帯に差しかかっていた。
「……ん、なんか空、重くないかにゃ?」
リオナがぴくりと耳を動かす。
次の瞬間、風の中から“何か”が走り抜けた。
灰色の霧を裂いて現れたのは――無数の獣影。
腐敗した翼を持つ犬のような灰より生まれし魔獣、《グレイハウンド・レイス》の群れ。
「出たな……!」
ガルムが拳を構え、低く唸る。
「瘴気の番犬どもめ……!」
「全員、陣形を取れ!」
サリヴァが即座に魔導陣を展開し、声を張り上げる。
「前衛、ガルム・タイガ! 中衛、バルド・リオナ! 後衛、リュミナス・アーク・シェリル! 行くぞ!」
「了解ッ!」
タイガが跳び出し、拳に魔力を纏わせる。
「《タイガーフレイム・オーバードライブ》ッ!!」
紅の閃光が地を裂き、先頭の魔獣を貫く。
だが群れは止まらない。闇の波が押し寄せ、咆哮が重なる。
「ふふっ♡ なら、見せてあげるわ――Aランクの舞いをね!」
レオパルドがマントを翻し、唇に妖艶な微笑を浮かべる。
その背後に浮かぶ、無数の光輪。
――彼女?のユニークスキル、《霊宝器召喚》
魔力を媒体に、あらゆる伝説級、神話級の武器を「完全再現」する究極の能力。
ただしその持続時間は召喚した武器の威力、性能に依存する、だが「完全再現」の能力により威力は本物と遜色なし。
「呼応せよ、古き戦乙女の槍――《ゲイボルグ・レプリカ》!」
紅蓮の槍が虚空に出現し、レオンの手に収まる。
「ふふ、刺し貫くわ――愛と共に♡!」
放った一閃で十体のレイスを貫き、灰塵と化す。
「ぐはぁ! 派手すぎんだろお前ぇ!」
バルドが笑いながら地を蹴る。
「じゃあ俺も見せてやるか、ドワーフの“職人魂”ってやつをよォ!」
――バルドのユニークスキル、《鍛冶戦闘融合術》
戦闘中に己の武具を“リアルタイム改造”する特殊技。
鍛冶と戦闘を同時に行い、戦況に応じて武器の形状や特性を変化させる。
「ギアクラッシュ、第三形態――《オーバースチーム・ブロウ》ッ!!」
ハンマーのギアが唸り、噴き出す蒸気が彼の筋肉を包む。
その一撃は地面を割り、衝撃波が周囲の魔獣を一掃した。
「ぬおおおおっ!! これがドワーフ式・全力改造モードだぁッの!!!」
「バルド、熱っぽいのはハンマーだけにしてくれ!」
サイヴァが爆風により、ずれかけた眼鏡を直しながら叫ぶ。
だが、灰の嵐は止まらない。
「やれやれ……じゃあ次は私の番ねっ♡」
シェリルが弓を掲げ、風精霊の羽飾りを指で弾く。
――彼女のユニークスキル、《妖精共鳴射術》。
射撃の瞬間、周囲の自然精霊と共鳴し、矢に属性を付与する弓術。
“詩”のように連射することで、魔力の旋律そのものが攻撃となる。
「響け――風と光の二重奏! 《スカイライト・コンチェルト》!!」
放たれた矢が空中で分裂し、十数本の光の矢が舞い降りる。
風の旋律が灰霧を吹き払い、空気が澄み渡る。
「すっごーいっ! みんな、めっちゃかっこいいよっ!!」
「お前もな! その笑顔が一番バフかかってる!!」タイガが叫ぶ。
「バフ……?」
「つまり、見てるだけでやる気ブーストってことだ!」
「えへへっ、それならもっと応援しちゃうねっ♡!」
その瞬間、まるで応援そのものが力になるかのように矢がさらに輝きを増す。
その弦音に合わせ、リュミナスの祈りが響いた。
「光よ――汚れを払い、道を照らし給え……《セラフィック・レイ》!」
純白の光柱が走り、群れが一斉に蒸発する。
そして――最後の一体が咆哮を上げ、跳びかかる。
それを、アークが無音で跳び、掌を突き出す。
「《零式・断滅波動》――消滅」
光も音もなく、灰の魔獣は跡形もなく消えた。
静寂が戻る。
灰の霧が風に流され、わずかに陽光が差し込む。
「ふぅ……さすがにAランクが揃うと戦場が派手派手になるな」
タイガが肩で息をしながら笑う。
「ふふっ♡ これがわたしたち“豹団”の本気よぉ?」
レオパルドが槍を回し、ウィンクを飛ばす。
「俺たちゃ職人、戦場でも手加減しねぇのさ!」
「えへへ~♪ 私の矢、ちゃんと届いた?」
「もちろんだ。全部、最高の一撃だった」
その言葉に、シェリルが耳まで真っ赤になる。
――そして、その背後で、灰滅竜の封印が微かに震えた。
地鳴りが、まるで心臓の鼓動のように大地を叩く。
「……聞こえる?」リュミナスが振り向く。
「これは……竜の、目覚めの音です」
「本番はこれからってわけだな!」
タイガが拳を握る。
「異世界バトル展開、第二幕開始ッ!!!」
「けど――悪くない」
ガルムがうっすら笑い、拳を鳴らす。
「久々に血が騒ぐ」
その言葉に、全員の表情が引き締まる。
遠く、地の底から轟くような咆哮が響いた。
リュミナスがそっと空を見上げ再度、確かめるように溢す。
「……目覚めの音、ですね」
「ふふ。灰滅竜が――早くおいでって呼んでるわよぉ♡」
レオパルドの唇が、これでもかと妖艶な笑みに染まる。
そして、風が吹く。
灰の香りを運びながら――伝説の戦場《灰滅峡谷》が、その扉を開いた。




