第43話 犬耳商会・スイーツ戦線異状なし! ~見習いメラニーのチョコまみれ日誌~
――ロスウェルの朝は、今日もチョコの香りで始まった。
「ん〜〜〜っ! 甘い匂いで起きる朝って、幸せの極みだきゃん!」
犬耳商会……もとい猫耳商会の見習いメラニーは、ふかふかのエプロンを抱えながら伸びをした。
彼女は元孤児院出身。
大好きなとても世話になっている皆の母親ともいえるシスターを助けてもらった恩を胸に、この商会で働き始めたばかりの新人だ。
犬獣人族のポメラニアン娘。しっぽがふりふり止まらない。
「お兄……じゃなくて、“きゃんにぃ”の工房って、いつも爆発したり甘かったり、大騒ぎきゃんね〜!」
そんなことを言いながら扉を開けると――
「創造魔法ッ!《カカオ・アーク・クラフトVer.THIRD》発動ォッ!!」
「わきゃぁぁぁ!? チョコが空中に浮いてるきゃん!?」
工房の中では、チョコレートの球体がふわふわと宙を舞っていた。
リュミナスが祈るように両手を合わせ、その魔力を制御している。
リオナは試食係として、口いっぱいに試作品を詰め込んでいた。
「んにゃーーっ!! とろけるっ! 神にゃっ! 神の味にゃ!!」
「待てリオナ、それはまだ魔力安定前だ! 口の中で爆発する可能性が――」
――ぼふっ。
甘い煙が弾け、部屋中がチョコの香りに包まれた。
「うわぁぁ! 耳がチョコまみれきゃん!!」
「……見事なチョコ爆散。主、清掃プロトコル起動ヲ推奨」
アーク(クール美女形態)は無表情でモップを差し出す。
メラニーは思わず笑ってしまった。
「ほんとにここ、工房っていうより毎日がお祭り会場だきゃん……」
◆見習いのお仕事①:チョコ詰め職人への道
チョコ爆発の後始末を終えたメラニーは、包装担当の机に座っていた。
手元には、きらめく“聖女チョコ”の粒。
「ひとつひとつ包んで……あ、これ温かいきゃん。まるで命があるみたいきゃん……」
リュミナスが優しく微笑む。
「それはね、祈りと創造の結晶なの。食べる人が少しでも幸せになれるように――」
その言葉に、メラニーの胸がじんわり温かくなった。
「……わたしも、そんなチョコを作れるようになりたいきゃん」
そこに、リオナがにゅっと顔を出す。
「にゃっはー、じゃあまずは味見係からにゃ! 三個食べて、生き残れたら一人前にゃ!」
「え、生き残れたらって、それ基準おかしいきゃんよ!?」
◆見習いのお仕事②:創造スイーツ試食地獄(という名のヘブン)!
昼休み――工房のテーブルに、謎のスイーツがずらりと並んだ。
タイガが腕を組み、得意満面で語る。
「本日のメニューは、《カカオ・クレーターパフェ》《ホーリーミルク・フォンダン》《聖女の涙プリン(仮)》だ!」
「全部名前が厨二病だきゃん! きゃんにぃ!?」
リオナは早速スプーンを構え、勢いよく突っ込む。
「んにゃーーー!! このとろけ具合、味覚の多重展開にゃ!!」
「言葉のセンスが戦場きゃん!」
メラニーは恐る恐る一口。
――瞬間。
口いっぱいに、優しい甘みが広がった。
まるで“心を撫でる光”のような味。
「これ……すごいきゃん。食べた瞬間、涙が出るほど幸せになる味……!」
リュミナスが静かに笑う。
「それは、“癒しの魔素”を少しだけ混ぜたの。心の疲れを、ほんの少し撫でるだけ」
「リュミナス様……やっぱり聖女きゃん!」
タイガはなぜか天井を見上げてガッツポーズ。
「やった……! 今日も異世界でスイーツ文化布教が一歩進んだッ!」
「それ言い方がカルトめいてますよ? きゃんにぃ!」
◆猫耳商会・午後の部:チョコ試食騒動ふたたび
午後。
陽の光が街角をやわらかく照らすころ、店の前には元気な笑い声が響きはじめた。
子供たちがわいわいと騒ぎながら、風鈴のような笑い声を散らして駆けこんでくる。
全員、ビラ配りや小さな荷運びなど――それぞれの“お手伝いの成果”を胸に、ご褒美のチョコをもらうために列を作っていた。
「みんな! いらっしゃい! 本日の限定品は――《チョコ・オブ・ザ・サンクチュアリ》きゃんよー!」
「それ名前がもう高級そうにゃ!」
「メラニー姉ちゃん! ボク、三個もらえるお仕事したよ!」
「タイガにぃちゃん、ボクは五個! だってすっごく頑張ったんだ!」
「リュミナス様、アタシも、ちょっと大変だったけど二個分がんばったんだよー!」
きらきらした瞳。弾む声。
小さな手が差し出されていくのを、メラニーは笑いながら包み紙を一つひとつ丁寧に折りながら見ている。
ふと目を上げると、カウンターの奥――。
リュミナスとタイガが並んで子供たちにチョコを渡していた。
リュミナスの微笑みは春の日差しのように柔らかく、その手元から光がこぼれるようだ。
まるで本物の聖女。誰もが思わず息を呑むほどの気品と温もり。
対して隣のタイガは、いつもの調子で「これ古代レシピの再現で~」と延々と語り続けている。
子供たちは最初こそぽかんとしていたが、次第に笑いながら聞き入っている。
――その対比が、なぜだかとても微笑ましい。
「……この人たち、ほんと仲いいきゃんね」
メラニーはそう呟き、しっぽをふりふりと揺らした。
その姿は、どこまでも穏やかで、あたたかな午後の光の中に溶けていった。
◆夜のチョコまみれタイム
閉店後。
リオナがカウンターに突っ伏していた。
「んにゃぁ……チョコ作りって体力勝負にゃ……」
アークが静かに紅茶を差し出す。
「糖分補給。カフェイン濃度、最適」
「ありがとにゃ~……」
タイガが机に腰を下ろす。
「今日も売れたな。ロスウェル中がチョコに支配されつつある……!」
「言い方ぁぁぁきゃんにぃ!」
リュミナスが穏やかに笑う。
「でも、みんな幸せそう。甘いものって、人の心を優しくするのね」
窓の外で、子供たちが笑っている。
その笑い声が夜風に混じって、店の中まで届いた。
メラニーはそっと胸に手を当てた。
「……この匂い、好き。甘くて、あったかくて……ここにいると、生きてる気がするきゃん」
リュミナスが優しく頭を撫でた。
「それが、創造の魔法――“幸せを形にする”ということなの」
「……うん、きゃん!」
その夜、ロスウェルの空は甘い香りで満たされていた。
チョコのように優しい時間が、犬耳商会(?)を包んでいた――。




