第42話 創造チョコと聖女の涙 ~失われたレシピと禁断の甘味~
ロスウェルの朝市は、今日も熱気に包まれていた。
香辛料の匂い、焼きたてパンの湯気、鍛冶師の金属音。
その喧噪の中――ひときわ奇妙なやり取りが響く。
「な、なんだって!? “古代のチョコレート”だと!?」
大河が市場の露店の親父に食いついていた。
「おうとも! 《ヴァルグレン遺跡》で見つかった古文書に書かれてたんだ。『神々が口にした甘き黒の結晶』ってな!」
「で、出た……神々が関わる甘味はヤバい法則……ッ!!」
「お兄にゃん、またテンション上がってるにゃ」
リオナが呆れ顔で尻尾をぱたぱた。
その横で、リュミナスが首を傾げる。
「“チョコレート”とは……?」
その純粋な問いが、オタクの理性を吹き飛ばした。
「よくぞ聞いてくれたリュミナス!! チョコとはな、文明の極致にして幸福の凝縮体! カカオという奇跡の果実から生まれた、“愛と糖分の錬金術”なんだよ!!」
「……ああ、また始まったにゃ」
「主、発熱反応検知。興奮度、上限突破」
「お兄にゃん、深呼吸にゃ!」
「だが俺は止まらねぇッ!! ――創造魔法・スイーツ錬成、第二段階に突入だ!!」
◆創造魔法:チョコレート再構築
ロスウェルの猫耳商会・工房
午後の光が工房の窓を金色に染めていた。
机の上には、謎の豆、ミルク、砂糖、香料――そして大河がノリと勢いで創り出した、奇妙な魔導装置が並んでいる。
リオナが腰に手を当て、じと目で大河を見上げる。
「でもお兄にゃん、チョコって豆から作るにゃ? そんなの、どこで手に入れたにゃ?」
「ふふふ……領都の商人から入手した《コカ・ノワール》。古代遺跡由来の未知のカカオだ!」
「……え、名前からして危ないにゃ」
「成分分析中。苦味成分高濃度、魔力含有率、異常ニ高イ」
「つまりこれは……食べた者の魂に直撃する“魔導チョコ”ッ!」
「……甘味のくせに魔力干渉してくるとか聞いたことないにゃ」
リュミナスが小さく笑った。
「でも、きっと大丈夫。タイガの“創造”なら……きっと、誰かを救える味になるわ」
その一言が、空気を変えた。
魔力がふわりと揺れ、工房の空気が静まり返る。
「いくぞ……創造魔法――《カカオ・リバース》!」
光陣が弾け、黒い結晶が宙に浮かぶ。
結晶が溶け、甘く芳醇な香りが部屋を包みこんだ。
金色の魔法陣の中で黒い液体が流れ、鍋の中に注がれてゆく。
スプーンをひとまわし。
そこに生まれたのは、奇跡のように艶やかなチョコだった。
「うおおおぉぉ……! 完成だッ!! これぞ《創造チョコVer.ZERO》!!」
「見た目は普通のチョコにゃ」
「リオナ、これは見た目じゃない。ロマンだ!」
「また始まったにゃ……」
その賑やかなやり取りの最中、扉が小さくノックされた。
開けると、小さな影が立っていた。
擦り切れた服。小さな手。怯えた目――孤児院の子供たちだ。
「リオナおねーちゃん……! シスターが……シスター・アリアが倒れちゃって……!」
「にゃっ!? それ大変にゃ! すぐ行くにゃ!」
リュミナスがすぐに膝をつき、その子の肩に手を置く。
「落ち着いて……大丈夫。私たちが行くからね」
◆孤児院・祈りの間
古びた石造りの部屋。
窓から差し込む光は淡く、祈りの香がほのかに漂っている。
ベッドの上では、白髪の老シスターが静かに横たわっていた。
その顔には優しい微笑みが残り、息だけがかすかに続いている。
「……アリア様……!」
リュミナスがそっと両手を重ね、祈りの光を宿した。
「……身体はもう長くありません。けれど――」
彼女は振り返り、静かに頷く。
「タイガ。あのチョコを、少しだけ貸して」
「……ああ、任せろ」
創造チョコを砕き、温める。
リュミナスの掌の光が重なり、金色の粒が溶けていく。
「これは、祈りの甘味。どうか、貴女に小さな幸福を――」
スプーン一杯のチョコが、シスターの唇に触れた瞬間。
部屋の空気が、ほんのり甘く震えた。
老シスターのまぶたがゆっくりと開き、涙に濡れた瞳が光を映す。
「……なんて、優しい味……懐かしい……あなたたち……神の御手のようね……」
その微笑みに、リュミナスの瞳が光で滲んだ。
「……よかった……」
その姿を見ながら、大河が小さく呟く。
「……やっぱり、スイーツは……救いなんだよな」
リオナが涙をこぼしながら頷く。
「お兄にゃん……チョコで命を救うとか、やっぱりすごすぎにゃ……」
「違うさ、俺はただ、ちょっと“甘い奇跡”を創っただけだよ」
リュミナスがそっと笑った。
「その“甘さ”が、きっとこの世界を変えていくのね」
◆猫耳商会、奇跡の採用祭り!
翌朝。
晴れ渡る青空の下、孤児院の子供たちが猫耳商会の前に整列していた。
笑い声とチョコの香りが街にあふれる。
「にゃっはー! 今日からキミたちは《猫耳商会の見習い従業員》にゃ!」
「「「やったー!」」」
リオナが胸を張り、尻尾をぴょこんと立てる。
その隣で大河が腕を組み、満足げにうなずいた。
「ふふ……労働力確保完了だな」
「お兄にゃん、言い方ァにゃ!」
リュミナスは穏やかに笑いながら子供たちにチョコを配る。
「頑張ったら、ご褒美に“聖女チョコ”をあげますね」
「わぁぁぁ!! 聖女チョコだー!!」
アークは隅で淡々と帳簿を開いていた。
「労働効率、向上。社会的信頼度、上昇中」
「お兄にゃん、商会がどんどんギルドより目立ってきてるにゃ!」
「いいじゃねぇか! 甘味の力で平和を掴む! これが“異世界資本主義の理想形”だ!!」
「……やっぱりお兄にゃん、方向性ぶっ飛んでるにゃ」
◆エンディングカット
夕暮れのロスウェル。
工房の窓からこぼれるオレンジの光が、街をやさしく染めていた。
机の上には、半分残ったチョコと、小さな“ありがとう”の手紙。
リュミナスが微笑み、そっと呟く。
「タイガの“創造”って、優しい味がしますね」
「……そうか? 俺はただ、オタクなだけだぞ」
「ええ、その“ただ”が、一番素敵です」
リュミナスが笑い、リオナが尻尾を揺らし、アークが紅茶を注ぐ。
甘く、穏やかな時間が、ロスウェルの夜に溶けていった。




