第3話 希望の煙、モンスターの巣でした
人の営みか、それともまた別の“脅威”か。
どちらにせよ、確かめるしかない。
大河は汗まみれの顔をタオルでぬぐい、ため息まじりに息を整えた。
「……お願いだから、今回は“人類側エリア”であってくれ。モンスター巣二連続はメンタルに悪い……」
荒野の先に、薄く立ち上る煙。
その一筋を見た瞬間、胸の奥にほんの少しだけ希望のゲージが回復した気がした。
「いやでも、油断は禁物。こういうときフラグ立てると確実に裏切られるからな。『ようやく人里が――』とか言った瞬間、死亡SE鳴るやつ」
メタ知識で自分を戒めつつも、足は自然と速くなる。
歩くこと一時間。
焦げ臭い風が鼻を刺した瞬間、大河の眉がピクリと動いた。
「……あれ? なんかこれ、“焚き火の匂い”っていうより、“何か燃えてる”系のやつじゃ……」
焦げたような臭気の奥に、ほんのりと血と鉄の匂いが混ざっていた。
胸の中で、嫌な予感ゲージがMAXに達する。
岩場を抜けた瞬間、視界が一気に開けた。
「……マップ更新、いやリスポーンポイントかこれ……」
そこに広がっていたのは、まさに地獄のジオラマ。
大小の岩をくり抜いたような穴倉が円を描くように並び、その中央――巨大な骨の山。
その周囲を、灰色の影がいくつも蠢いていた。
狼型、虫型、そして人型まで。
どれもどこかで見覚えのある、魔物たちの群れ。
「……いや、いやいやいや。巣? これ巣? 完全にモンスターハウスじゃん! “レイドエリア:推奨Lv15以上”とか出るやつ!!」
足が自然と後ずさった。心臓がバグったように暴れ出す。
その瞬間――。
ひときわ巨大な影が、ゆっくりとこちらを振り向いた。
黒い甲殻、異様に長い腕、そして片目だけがギラリと赤く光る。
「うっそだろ……中ボス格!? なんで俺が先に発見されてんの!? 索敵範囲広すぎだろ公式チートかよ!!」
次の瞬間、咆哮。
地面が震え、岩が砕け、耳の奥がビリビリする。
「うわああああ来るなぁぁぁぁぁッ!! 俺、今ノーウェポンなんですけど!!」
反射的に駆け出す。
背後で土煙が爆ぜ、風圧が背中を押す。
――逃げろ。
どこからともなく、そんな声が頭の奥で響いた。
気づけば体が勝手に動いていた。
足が地面を滑るように動く。
息も切れない。視界の端が高速スクロールしている。
「なにこれ、脚に“バフ:逃走ボーナス”乗ってる!? 俺、今たぶん陸上選手より速い!」
走って、走って、走りまくる。
どれくらい経ったか分からない。気づけば背後の音が消えていた。
荒野の端。風に削られた岩壁の下に、小さな洞穴。
「……おッ、避難ポイント発見! ここ、セーフゾーンであってくれ……!」
慎重に身をかがめ、中へ滑り込む。
中は意外と広く、風が直接入らないぶん涼しい。
リュックを降ろし、壁にもたれかかる。
「っはぁぁぁぁぁ……ッ、生き延びた……! てか俺、よく死ななかったな!?」
呼吸を整え、ステータスウィンドウを開く。
◇――――――――――◇
虎ノ門 大河
レベル:2
HP:37/140
MP:2/20
称号:異世界人
状態異常:極度疲労/脱水(軽度)
スキル:言語理解
:逃走本能 Lv2
特性:感覚拡張
◇――――――――――◇
「……うわ、ギリギリHPレッドゾーン。逃走本能だけレベルアップしてるの草なんだけど」
苦笑しながら、ポケットから最後のチョコバーを取り出す。
包み紙をびりっと破り、口に放り込む。
甘さが舌の上に広がり、喉をゆっくり通り過ぎる。
「……うん、うまい。てかこのチョコ、今だけ世界一うまいわ」
天井を見上げながら、呟いた。
「……今日のクエスト結果:“生存”。 報酬:明日も生きてる。……うん、悪くない」
風が洞窟の奥を静かに撫で抜けていく。
ほんのり残るチョコの甘みと、命の実感だけが、今の彼を包んでいた。




