第36話 封印都市アルディア ― 記憶の海で目覚めるもの
――そこは、“現実”ではなかった。
色も音も曖昧で、時間すら凍ったような空間。
光の粒が舞い、無数の残響が流れていく。
過去。
記録。
そして、“祈り”。
タイガはゆっくりと目を開けた。
足元は水のように透き通り、空は白く揺れている。
「……ここが、“記録の海”か」
声に応えるように、光の粒が形を取る。
それは――リュミナスの姿。
けれど、今目の前にいるのは、彼が知る“聖女”ではなかった。
純白の衣が光を反射し、背には六枚の光翼。
表情は穏やかだが、瞳の奥には“神性”が宿っている。
「――ようこそ、創造者の記録へ。私は《リュミナ・オリジン》。あなたの創造データを監督する存在です」
声は重なっていた。
今のリュミナスの声と、同時に、もう一つ――“原初の彼女”の声が響いている。
「オリジン……つまり、君が本来のリュミナ?」
「正確には、“祈りの形態”の原点。この形態は、かつてあなた――創造者が設計した祈りのアルゴリズム。人の願いを“再現”し、世界を修復するための意志体系」
タイガの胸が高鳴る。
彼女の言葉は、まるで科学であり、同時に“神話”だった。
「……俺が、設計した?」
「はい。あなたはかつて、崩壊しかけたこの世界を“再構築”しようとした。しかし、灰の意志――《ディザスター・コア》により、世界の再構築は阻まれた」
「灰の意志……?」
その名を聞いた瞬間、空間全体が濁った。
光が暗転し、黒い靄が立ち込める。
圧迫感。熱。憎悪。
そして、声。
『創造者。また貴様か。無から有を作るその手を、我々は拒絶したはずだ』
空間が揺れ、黒い影が形を取る。
それは無数の顔と手を持つ“群体”――《灰の追跡者》の核そのもの。
「……出やがったな。元凶クラスか」
『貴様は“秩序”を装う混沌。創造の名のもとに破壊を呼び、輪廻を狂わせた。我々はただ、“静寂”を望む』
「静寂ね……。そっちの都合で、何百年も人を灰に変えてきたくせによく言うよ」
タイガが拳を握る。
掌に、白い光が集まっていく。
「《創造魔法――TIGER DRIVE・Ver.second:双爪展開》!」
光爪が唸りを上げ、黒い霧を切り裂く。
だが――切っても、すぐに再生する。
『無駄だ。我は情報であり、世界の裏側だ。創造の光では、決して消せぬ』
「……だったら、祈りで上書きする!」
その瞬間、リュミナスの光が膨れ上がった。
翼が展開し、祈りの旋律が空間全体に響く。
「《祈りの形態》――解放。神に届かぬ祈りなら、私は“人”として願う。この世界を――もう一度、光に還す!」
タイガとリュミナスの光が交わり、共鳴した。
彼の創造魔法が祈りのアルゴリズムに融合し、“創造と祈りの複合魔法”が発動する。
「《創祈融合》!」
光が炸裂。
灰の影が悲鳴を上げ、世界が崩壊と再生を同時に始めた。
――視界が戻ったのは、ほんの一瞬後。
気がつけば、タイガはリュミナスの膝の上にいた。
彼女の瞳は優しく、穏やかに光っている。
「……お帰りなさい、タイガ」
「……あぁ。ただいま、リュミナス。やっぱお前、反則級に眩しいな……」
微笑む彼女に、彼は冗談めかして笑い返した。
けれど、その手の震えは止まらなかった。
“見てしまった”からだ。
この世界の真実――そして、自分が背負う“創造者”の宿命。
アークが静かに膝をつく。
金属の身体の奥から、淡い光が漏れている。
「主ノ波形、完全一致。貴方ハ、創造者ノ継承者ニシテ、再起動ノ鍵」
そして、リオナがぽつりと呟いた。
「……お兄にゃん。じゃあ、あたしたちは、ただの“旅の仲間”じゃなくて……?」
「違うよ、リオナ。――俺たちは、“再創の物語”の登場人物だ」
タイガは立ち上がった。
空の果てで、まだ黒い靄が渦巻いている。
《灰の意志》は完全には消えていない。
次に来るのは――本当の決戦。
「行こう。創造者の遺構の最深部、《ジェネシス・コア》へ」
その声に、リュミナスが頷き、アークが剣を構え、リオナが尻尾を立てた。
――祈りと創造が交錯する、“再創の戦い”が、今始まる。




