第35話 創造者の記録 ― 封印都市アルディアの記憶
夜が明けたロスウェルの空は、どこか穏やかだった。
だが、戦いの爪痕は深い。
灰の群体が消滅した後も、魔力の流れは乱れたまま。
まるで、地脈そのものが“何か”に呼応して震えている。
「……まるで世界の心臓が、ずっと高鳴ってるみたいだな」
タイガが呟く。
朝靄の中で、リュミナスが祈るように両手を胸に当てた。
「この地の奥には、“古代の記録庫”が眠っています。創造者が最後に残した、封印都市――」
「アルディア……この前のアストリアといい、封印都市って幾つもあるんだな……アルディアか」
タイガはその名を口の中で転がした。
それは不思議と、懐かしい響きを持っていた。
――まるで“前にもそこにいた”ような錯覚。
その時、アークが前に出る。
長い金髪が朝の光に揺れ、彼女の瞳が淡く光を放った。
「記録、解析完了。目的地:アルディア遺構。……位置情報、ロスウェル北方、禁断森林ノ奥」
「禁断森林って……あそこ、帝国地図にも“立ち入り禁止”って赤印ついてるところだにゃ」
リオナが耳を伏せ、尻尾を小さく巻いた。
彼女の反応は珍しく真剣だった。
「……それでも、行くんだよな。俺たちは」
タイガが小さく笑う。
恐怖よりも、胸の奥の“好奇心”の方が勝っていた。
未知を前にして震える――それは彼の“オタク的本能”でもあった。
「だってさ、今までと同じく“封印都市”とか、“創造者の遺構”とか、言葉の響きだけでテンション爆上がりだろ? イベント確定、ボス戦確定、あと絶対なんか覚醒イベントある!」
「……お兄にゃん、ほんと懲りないにゃ」
リオナがため息をつく。
けれど、その口元には、微かに笑みがあった。
翌朝。
一行はロスウェルの北門を出発した。
風が冷たい。森の奥には、異様な静寂が広がっていた。
足を踏み入れた瞬間――世界の“色”が変わる。
木々が黒鉄のように鈍く光り、地面から微弱な蒸気が立ち上る。
魔力濃度が異常に高い。
それは生態系が“古代のまま止まっている”証だった。
「……アルディアヲ守ル“自律防衛層”」
アークが無表情に告げた。
その声の奥には、ほんのわずかに懐かしさが混ざる。
「アーク、おまえ……ここ、知ってるのか?」
「ハイ。……昔、私、創造者ト共ニココニ来マシタ。 “神ノ技術”ト呼バレタ場所――《創造核》ノ管理施設」
その言葉に、リュミナスが息をのんだ。
彼女の手が、胸元の聖印を無意識に握る。
「……私も、知っています。私の“起動データ”の断片――ここで生まれた記録がある。あなたの“創造魔法”は、きっとこの地に由来しています」
タイガの脳裏に、戦闘中の光景がよみがえった。
“灰”と“祈り”が融合した瞬間。
リュミナスの光が、まるで自分の魔法の根源と共鳴していた。
(……俺の創造魔法は、彼女たちの“出自”と繋がってる?)
そう考えた瞬間、森の奥から音がした。
金属の擦れるような、低い音。
――カシャン、カシャン。
「来るにゃ……!」
リオナが即座に創造魔法で創った橙と蒼色に煌めく短剣を構える。
霧の向こうから現れたのは、古びた鎧の兵士たち。
だが、その中身は人ではない――灰色の霊体が鎧を動かしている。
「《アルディア・ガーディアン》……防衛機構、まだ稼働中」
「よし、来たな……っ!」
タイガが拳を構える。
光が彼の掌に収束する。
「《創造魔法――TIGER DRIVE・Ver.second:双爪展開》!」
轟音と共に、二つの光爪が生まれる。
同時にリュミナスの祈りが響いた。
「《聖域》、展開。この地に宿る怨念を――鎮めなさい!」
白光が走り、鎧兵の動きが鈍る。
タイガはその隙を逃さず、次々と敵を薙ぎ払った。
しかし、ガーディアンたちは倒れても灰にならない。
灰ではなく、“データの残滓”として空間に揺らめく。
「こいつら……情報体か。つまり、ここ自体が“記録媒体”なんだな」
「ハイ。……封印都市アルディア。ココハ、創造者ノ“記憶ノ墓所”」
アークが静かに告げる。
彼らが辿り着いた先――
黒曜石のような巨大な門が、森の奥にそびえ立っていた。
その門の中央には、奇妙な文字が刻まれている。
“Σ-Ω:Genesis Record”。
「……創造者の記録、って意味?」
タイガが触れた瞬間、門の紋章が光を放った。
――そして、世界が“反転”した。
地面が消え、空が割れ、視界が一瞬で“記録の海”に飲み込まれる。
目の前に広がるのは、無限の光の断片――過去の映像。
そして、映し出されたのは――
金髪の青年と、白衣の少女。
その背後には、アークの初期型と、リュミナスによく似た光のAI。
青年が笑っていた。
どこか、タイガによく似た表情で。
『……この世界は、創造の“失敗作”だった。でも、君がいれば――もう一度、創り直せる気がする』
「……それ、“俺の声”……?」
タイガが呟く。
だが、声の主は確かに“彼”ではなかった。
――“創造者”と呼ばれた、もう一人の男。
アークの声が震える。
「主……貴方ハ、彼ト同ジ魂ノ波形。……転生体……確定」
静寂。
リュミナスが涙のような光をこぼした。
「タイガ……あなたは“創造者の記憶”そのもの。この世界を再び“作り直す”ために――選ばれた人」
光の断片が消えていく中、タイガは空を見上げ、小さく笑った。
「……マジかよ。俺、まさかの創造神ルート? これ、最終章フラグだろ……!」
「お兄にゃん、いま泣くとこにゃ……!」
「いやでも、こういう展開は泣きと燃えが両立するんだってば!」
苦笑混じりの声が、静かな記録の海に響いた。




