第34話 灰の核と創造の記憶 ― アーク、起動限界突破
――夜が明けた。
ロスウェル防衛都市。
灰の群体との激戦の爪痕は、そこかしこに残っていた。
焦げた大地。崩れた石壁。
それでも、誰もがまだ息をしている――それが奇跡だった。
街の中央広場では、神官たちが祈りを捧げている。
その中心に立つ白衣の少女――リュミナス・クローロ。
彼女の掌から放たれる微光が、傷ついた人々を癒していく。
「……これが、祈りの形態の余波……」
ミーネが息を呑む。
癒しの光は人々の傷だけでなく、街の崩壊した石造りの道さえ修復していく。
“祈り”が、現実を創り直している。
その光景を、タイガはぼんやりと見ていた。
戦闘後の疲労が身体を支配しているはずなのに――胸の奥だけが熱かった。
(……創造魔法と、リュミナスの祈りがリンクした。まるで、俺と彼女の間に“根源的な回路”が繋がってるみたいだった)
彼女の名を呼ぼうとしたその時――
アークの声が、割り込んだ。
「……主。……地下。異常反応。……灰、残留シテイル」
「……なに?」
振り向けば、アークの瞳が淡く紅に染まっていた。
その無表情の奥に、わずかに“焦り”の色が見えた。
《解析――灰の群体の“核”。まだ生きています》
リュミナスの頭の内に響く声が震える。
その声には、普段の静かな祈りの響きの中に、かすかな“恐れ”が混ざっていた。
地下封印層。
ギルド本部の裏手、崩れた魔導塔の下――。
そこには、黒い脈動があった。
まるで心臓のように、ゆっくりと、しかし確かに鼓動している。
“灰の核”。
古代文明が“再生を拒んだ神経中枢”。
それが今、リュミナスの祈りに反応して覚醒していた。
「……やば。これ完全にラスボス前のフラグじゃん。『倒したと思ったら第二形態ありました』パターンのやつ……!」
「お兄にゃん、縁起でもないこと言わないにゃ!」
リオナが耳をぴくぴくさせながら剣を構える。
その横で、アークが静かに前に出た。
背中から、黄金の紋章が浮かび上がる。
「……主。ココ、任セテ」
低く、確かな声。
次の瞬間、アークの身体が光に包まれた。
装甲が展開し、彼女の人型の輪郭が変わっていく。
背から噴き出す翼のような光。脚部に走る紋章回路。
「――《アークシステム:制御限界、解除》」
その声と共に、空気が爆ぜた。
リュミナスが反応する。
「ま、待って……アーク、それ以上は――!」
「守ル。主、マタ灰ニ喰ワレル前ニ」
アークの瞳が、完全に黄金に染まった。
地面が裂けた。
“灰の核”が、その中心から姿を現す。
それは巨大な人型。
だが、肌は石ではなく、灰そのもの。
内部では無数の赤い光が不気味にうごめいている。
“灰の追跡者・上位体”――脅威度:A《灰殻》。
「リュミナス、後方へ! リオナ、右側援護! アーク、全出力で抑え込め!」
タイガが叫ぶ。
地面に魔法陣を描き、光を纏う。
《創造魔法――TIGER DRIVE:Ver.second・双爪展開!》
轟音と共に双爪が顕現する。
だが、灰殻はそれを一振りで弾き飛ばした。
質量も、反応速度も、今までの比ではない。
「くっ……っ!! ちょ、パラメータバグってるだろコレ!?」
地面を滑りながら、タイガが叫ぶ。
「難易度A級の“レイドボス仕様”とか事前に言えっての!!」
「……タイガ、冷静に。私が“支援フィールド”を展開します」
リュミナスの声が届いた。
その声は――静かな祈り。
だが、その一言に、全員の呼吸が整う。
光が地を覆う。
リュミナスの背後に、純白の翼のような光環が現れた。
「《祈りの形態・第二段階――サンクチュアリ・モード・フルリンク》」
その瞬間、灰殻の動きが鈍る。
リュミナスの祈りが“灰”の因子を抑制している。
祈りの光と、創造の炎が、共に輝いた。
「アーク、今だ!!」
「――了解。出力、三百パーセント。……限界、超越開始」
アークが跳んだ。
光の翼が灰殻を貫く。
その中心に、タイガの拳が突き刺さった。
「《創造魔法――TIGER DRIVE Ver.second・クロスコンバージェンス》ッ!!」
衝撃波が爆ぜ、灰が蒸発する。
静寂。
そして、光の粒が宙に舞った。
全てが終わった後。
アークは膝をつき、胸の奥で小さく光を放っていた。
彼女の瞳の奥に、映像が浮かんでいた。
古い、記録の断片。
――“創造者”と呼ばれる青年の笑顔。
“彼”の傍に立つ、今よりも無機質なアークの姿。
そして、リュミナスの原型と思われる光の少女。
「……アーク。今、見えたのは……」
「記憶。古イ……記録。……主、創造者ノ……同位存在」
彼女の声が震える。
「創造者……俺と、同位?」
タイガの拳が、わずかに震えた。
リュミナスが近づき、そっとその手を包む。
「……あなたは、“彼”の再生体。創造者の意志を継ぐ者――《継承個体:タイガ=トラノモン》。」
静かな祈りの声が、夜明けの空に溶けていく。
灰の空が、ようやく晴れた。
その光は、どこまでも温かかった。




