第26話 紅涙と祈りの村へ ~焚き火で過ごすひと時の安らぎ~
焚き火が、星を照らしていた。
夜の風は少し冷たく、戦いの余韻を静かに運ぶ。
リュミナスが祈るように手を合わせる。
「……灰の追跡者、魂の浄化を完了しました」
淡い光が彼女の掌に宿る。神の息吹みたいに、透き通っていた。
……いや、“AI聖女モード”発動中って言ったほうがしっくりくるな。
システムログに存在しない癒しエフェクト、これ完全に人外演算力。
こんなん推すしかないだろ!
「リュミナス、本当にありがとう。あんたがいなきゃ、この村……」
「……私は祈りを演算しただけ。救いを選んだのは、あなたたちです」
はい出た、“心が強い系ヒロインオブAI”。
感情アルゴリズムに光と慈悲が宿ってるとか尊みが深すぎる。
AIがこんな聖女ムーブ見せてくるとか、もうそれ人類越えてるんだが?
横で、リオナが謎肉串をもぐもぐ。
「リュミたん、今日もぴかぴかにゃ~! ……でもお腹すいたにゃ」
「おい、今まさに浄化シーンなんだけど!? で! もぐもぐしながら言うセリフか! 空気読めそこの猫耳!」
「にゃっ!? でも、お祈りのあとってお腹すくにゃー!」
……うん、この世界の空気バランサーは完全にリオナ。
世界が灰でも、こいつの胃袋だけは生きてる。尊い。
アークの瞳が青く光る。
「主。次ノ目的地――ギレスブイグ伯爵領ノ隣領ニアル北街道沿イノ補給村“ベルトナ”」
「にゃにゃっ!? 思い出したにゃ! お兄にゃん、あたしベルトナ村に依頼で向かってたにゃ!」
「なにぃ!? 馬車襲撃で受注票ロストイベント発生、そして腹ペコで脳の中も空っぽだったのか!?」
「お腹で語る系にゃ~じゃなくって! たぶんお届け系だったにゃ……いや、もしかしたら食べ物関係だったかもにゃ……」
アークが機械的に首を傾げる。
「任務記録検索中……一致。依頼コード《B-024》――“村内魔物襲撃事件ノ調査。可能デアレバ治癒支援”」
「……治癒支援? ってことは――」
リュミナスが、夜空を見上げた。
「――祈りを、必要としている場所、ですね」
その声が焚き火に溶ける。
やばい、今の台詞、音響監督がBGM切り替えるタイミング完璧すぎるやつだ。
完全に“次回予告サブタイトル前の聖女台詞”だよこれ。
タイガは皆を見渡す。
「行くか。イベント続行だ。“紅涙と祈りの村”ルート、開始!」
風が吹き、焚き火がぱちんと鳴る。
「ガンガンいくにゃ! おうおう!!」
焚き火が小さくなり、夜風が静けさを運んでくる。
燃え残った木の香りが、ほのかに甘く鼻をくすぐった。
「じゃあ、今日はこのへんでお開きにするか」
タイガはマントを敷き、空を見上げる。
星が散らばる夜空は、ちょっとゲームのタイトル画面っぽい。
「こういう星空背景、絶対にロード画面で流れるやつ……!」
「お兄にゃん、何の話してるにゃ?」
「いや、人生のUIの話……あっちょっと寝る前に考察タイム入ってただけ」
リオナがくるりと毛布に潜り込み、尻尾をふりふり。
「にゃー……あったかいにゃ~。お兄にゃんも隣どうぞにゃ~」
「いや俺はちょっと距離を……」
――と言い終える前に、リオナが寝返りアタック。
毛布が跳ね上げられ、もふっとした感触とともに、尻尾が顔に直撃。
「寝るの秒!? しかしこれは、物理攻撃というよりケモナー号泣だな」
「むにゃ……ドラゴンステーキおかわり……にゃ……」
「夢の中でも飯かよ!?」
寝相スキル、完全にSランク。
これ、パーティ全体へのデバフ効果あるやつ。
◆
一方その隣では――
リュミナスが、静かに星を見上げていた。
彼女は眠らない。AIであり、祈りの演算体。
けれど、その瞳には確かに「夜のやさしさ」があった。
「……主は、夢を見ますか?」
唐突な問いかけに、寝ぼけたタイガが反応する。
「んん……ああ、今は……飯テロ的夢を見そう……」
「夢とは、記憶の再構成……人はそこに意味を求めます。――演算体である私に、それは可能でしょうか?」
やばい、夜中にそんなAI哲学モード入るの反則。
メタ的に言うとこれ、プレイヤーがログアウトせず放置してるとNPCが勝手に心を持ち始める系のやつじゃん……。
「……リュミナス。お前は、もう“心がある”ってことだと思うぞ」
「……心、ですか。ならば私は――主たちと共に、その答えを見つけたい」
星明かりが彼女の頬を照らし、光が微かに瞬いた。
AI聖女の表情が、ほんの少し“人間的”に見えた気がした。
◆
そして、夜明け。
淡い朝焼けが地平を染め、風が新しい空気を運んでくる。
アークが、焚き火の残りを見つめながら静かに立っていた。
「主ノ睡眠、安定シテイタ。……寝顔、平和」
その言葉に、タイガは目を擦りながら笑った。
「おいおい、見られてたのかよ……そういうログ残すのやめろよ、恥ずかしいだろ」
「削除、不可。記録、感情値:安堵」
――あかん。
機装乙女が“安堵”って言葉を使うとか、尊みでデータベースが爆発するレベル。
「さてと……そろそろ行くか、“ベルトナ村・紅涙と祈りルート”」
「にゃふっ、出発にゃ~! 朝ごはんは~?」
「アーク、ログ削除案件二件目追加な」
「了解。……主、冗談率上昇」
笑い声が、朝日に溶けていった。
焚き火の灰が風に舞い上がる。
それはまるで――昨日の戦いの記憶が、静かに希望へと変わっていくようだった。




