第25話 辺境伯爵領ギレスブイグ 聖女の奇跡と機装乙女と灰の追跡者、猫っ娘は満腹にゃ
辺境伯爵領ギレスブイグへ向かう街道の途中――
辺境防衛都市ロスウェルの手前に、小さな村があった。
“あった”、という表現が正しい。
今はもう、かなりの家から火が上がり、黒煙が空を覆っていたのだから。
「な、なんだこれ……!?」
タイガたちが村に足を踏み入れた瞬間、焦げた風が頬を打つ。
泣き叫ぶ声、崩れ落ちた木造家屋。
リオナの耳がぴくんと跳ねた。
「にゃ!? 誰か、まだ生きてるにゃ! お兄にゃん、あっちから声が聞こえるにゃ!」
「了解! ヒーローサイドクエスト発生ッ! 助けるしかねえだろこれは!」
駆け抜けた先で――
そこにいたのは、老婆と小さな子供たち。
そして、その周囲を取り囲む黒いローブの集団。
顔を隠し、灰色の霧をまとった者たち。
「……反応確認。敵性存在コード:《灰の追跡者(Ash Chaser)》――人造瘴気を帯びた強化個体」
「灰の追跡者……!? 名前からしてヤバそうな奴らじゃん!」
「お兄にゃん、あいつら……村の人たちを襲ってるにゃ!」
リュミナの瞳が細く光った。
「……救済プロトコル、起動。タイガ、支援を要請します」
「任せろ、こっちも戦闘モードONだ!」
アークが前に出る。
「……主、命令。殲滅?」
「いけ、アーク! 敵を削って、リュミナの支援を通すんだ!」
「了解。……フルドライブ、展開」
その瞬間、アークの右腕が変形し、黄金の魔紋が浮かぶ。
刃のような光が空を裂き、ローブの一人をまとめて吹き飛ばす。
リオナが短剣を構え、軽やかに飛び込む。
「お兄にゃん! 左は任せるにゃ! 獣王流獅子閃撃にゃあああっ!!」
風を裂くような跳躍。
猫耳の尾が光を引き、リオナの短剣がローブの喉元を貫いた。
「よっしゃナイスアシストッ!」
だが――その時だった。
地面が、黒く染まった。
灰の追跡者たちが呟く。
「……主の、欠片を……この地に、還す……」
そして、霧が爆ぜた。
視界を覆うほどの灰色の瘴気。
その中から、巨大な“影の腕”が伸び、大河を掴もうと迫る。
「やばっ!? ダメージ床どころじゃねえ、これ即死ギミックだろッ!!」
「――タイガ!」
リュミナスが叫ぶと同時に、胸の奥に熱が走った。
脳内に、青と橙の光が交錯する。
――アークの右腕が、光を放つ。
その光が、大河の腕と重なった。
「っ……これは……!?」
「同調率、上昇。魂リンク、成立。――タイガ、発動を」
「……ああ、わかった。行くぜ――!」
叫ぶ瞬間、橙の光が爆発する。
「――《TIGER DRIVE》!!!」
光の奔流が灰の瘴気を裂き、影の腕を貫く。
爆音が轟き、灰の追跡者たちが一斉に吹き飛んだ。
風が、止む。
髪が黒と橙のインナーカラーに染まり、瞳は獣のように鋭く光る。
体が軽い――いや、強い。
まるでゲームでレベルキャップを解放した瞬間のように。
「ははっ……これが新スキルか! TIGER GATEの進化版、TIGER DRIVE発動完了! やべぇ……これ、完全に主人公の覚醒イベントじゃん!!」
リオナが尻尾をばたばたさせて目を輝かせる。
「お兄にゃん、すっごいにゃ! 光ってるにゃ!!」
「主、進化。……強イ。イイ」
「おま……アークまで口数増えてるのかわいいかよ!?」
「……戦闘終了。敵性存在、完全排除」
灰が消え、静寂が戻る。
だが――さきほどの老婆が、地面に倒れていた。
その胸元には深い傷。息も絶え絶えだった。
「おばあさん……! リュミナス、なんとかならないか!?」
「……はい。奇跡演算、起動」
リュミナスの手が、淡い光を放つ。
その光は、まるで“祈り”そのものだった。
時間がゆっくりと流れ――老婆の皺が、少しずつ消えていく。
白髪が明るい茶色に変わり、肌が若返っていく。
周囲の子供たちが息を呑んだ。
「……おばあちゃん、若くなってる……!」
彼女は目を開けた。
「……ああ……なんと、美しい……あなたは……」
「……いいえ。私は、ただ祈りを形にしただけ」
村人たちは、次第に集まり――
涙を流しながら膝をついた。
「聖女様だ……! この地を救ってくださった……!」
リュミナは、ただ静かに微笑んだ。
その姿に、焔の残る村がほんの少し、温かさを取り戻した。
夜。
村の片隅で、ささやかな宴が開かれた。
焚き火の周りで子供たちが笑い、老婆(いや、すでに老婆には見えない歳になった彼女)と粗末ながら心のこもった料理を食べている。
タイガは火を見つめながら、にやけ顔で呟いた。
「……AI聖女が奇跡起こして村復興とか、もう完璧に王道イベント。いや、むしろ“俺ルート専用シナリオ”まであるぞこれ」
リオナが隣で肉串をかじりながら笑う。
「お兄にゃん、嬉しそうにゃ。にゃふふ、リュミナスたんも、アークたんも、今日もすごかったにゃ~!」
「主、勝利。オメデト」
「うおぉ……アークの片言ボイス、癒しが深い……! この旅パーティ、尊さが過積載なんだが!!」
笑いと光が混ざる夜。
その先に待つのは、帝国の闇。
だが今だけは、英雄たちの小さな宴が――炎に照らされ、静かに続いていた。




