第23話 帰還の街道 ― 獣王の娘と灰の追跡者たち
塔が崩れ落ちてから三日後。
大河たちは、ルーンディナス帝国へ向かう街道を歩いていた。
青空の下を進む三つの影。
大河、リオナ、そして鉄の巨体――アーク・ゴーレム。
その巨人は背中に荷を積み、時折、まるで祈るように空を仰ぐ。
光を反射する黒鉄の装甲の表面には、戦いの焦げ跡がまだ残っていた。
「……しかし、あの塔で生き残って、普通に街道歩いてるとか。どう考えても、エンディング後の隠しルートだよな、これ」
《物語構造的には、“中間クエスト”の導入部です。あなたのステータスに、新規項目“創造者認定”が追加されています》
「おい、メニュー開かないで!? 歩きながらUI説明すんな!」
リオナがケラケラと笑いながら、大河の隣を跳ねるように歩いた。
「お兄にゃん、また誰もいないのに喋ってるにゃ。やっぱりイヴたんって、目に見えない系の幼馴染ヒロイン枠なのにゃ?」
「ちょ、ヒロインって。違うからな!? 俺の脳内AIだから!」
《……否定のニュアンスに、わずかな照れを検知》
「そこ! 分析しないで!?」
アーク・ゴーレムが、ぎぃ、と小さく首を傾げた。
その動作がどこか人間臭くて、リオナが目を輝かせる。
「アークにゃん、かわいいにゃ! ほら、手、握ってもいいにゃ?」
彼女が両手を差し出すと、巨人の指がそっと動いた。
分厚い金属の指先が、まるで祈るように――リオナの小さな手を包み込む。
《機構的には触覚フィードバック機能ですが……情緒的な反応を確認》
「情緒的反応って、要するに“可愛い”ってことにゃ!」
「どんな解析だよ……でもまあ、癒やされるな」
風が流れ、草原がざわめく。
二つの太陽が少し傾き始めた午後――その時だった。
イヴの声が、低く警鐘を鳴らした。
《……警告。前方三十メートル、遮蔽物の陰に生体反応。人数、五。人間種》
「盗賊か……!」
大河が立ち止まり、リュックを下ろす。
リオナの耳がピンと立ち、尻尾が逆立った。
「匂うにゃ。鉄と血の臭い――間違いないにゃ。お兄にゃん、気をつけるにゃ」
《アーク・ゴーレム、警戒モード移行》
巨人の胸部が青く輝き、魔紋が展開する。
空気が重くなり、風が止んだ。
やがて――街道脇の岩陰から、五人の男たちが現れた。
布で顔を覆い、手には鈍色の刃。
「よう、旅人さんよ。ずいぶん高そうな荷を積んでるじゃねぇか」
「まーたイベント発生かよ……“盗賊団:灰牙の群れ”とか、名前ついてそうだな」
《確認。現地記録に“灰牙党”の記述あり。推定危険度:C級》
「本当にいたんかい!」
リオナが剣を抜く。
小柄な体からは想像できない速度で地を蹴り、一瞬で盗賊の前に飛び出した。
「にゃっ!」
尻尾が風を切り、剣閃が走る。
盗賊の一人が叫ぶ間もなく、武器を弾かれて転倒した。
「速すぎ……! リオナ、それ、職業的には何?」
「んー、“腹ペコ猫流・生存剣士”にゃ!」
「職業欄がネタじゃねーか!」
その瞬間、残る盗賊たちが一斉に突撃してきた。
大河が腕を上げる。
「アーク! 防御展開ッ!」
《防壁展開――祈りの殻》
青い光の壁が、祈るような形で三人を包み込む。
刃が当たるたびに、鐘のような音が響いた。
「祈りの防御って、演出が神すぎる……。まるで“信仰×機械”の融合体だな……」
《設計思想通りです。アークは“守護の祈り”を形にした兵装です》
リオナが壁の隙間から身を滑らせ、残る二人の盗賊を一閃。
その動きは、舞うように、無駄がなかった。
残った一人が震える声をあげる。
「ば、化け物どもめ……!」
だが逃げようとしたその背後で、アーク・ゴーレムの影が動いた。
巨体の右腕が音もなく振り下ろされ、地面が爆ぜる。
砂煙が晴れた時、盗賊たちは完全に戦意を失っていた。
沈黙。
リオナが剣を収め、肩をすくめる。
「ふぅ……お腹すいたにゃ。戦うとお腹が鳴るにゃ」
「いや、緊張感もうちょい続けようよ。そこは」
《戦闘終了。敵生存を確認。報復防止のため、意識遮断を実行します》
イヴの言葉に合わせ、アーク・ゴーレムの瞳が淡く光る。
盗賊たちはその場に倒れ、静かに眠りについた。
風が戻り、草原の音が蘇る。
リオナは空を見上げて、大きく伸びをした。
「お兄にゃん、今日の晩ごはん、肉がいいにゃ~。焼き肉っぽいの、創造できるにゃ?」
「おう、任せろ。“クラフトスキル:グリルモードLv2”発動だ!」
《燃焼構成式、展開――安全温度を設定》
「うわっ、本当に出たにゃ!? お兄にゃん、神かにゃ!?」
「いや、創造者な!」
笑い合う声が、沈みゆく太陽に溶けていった。
その夜、焚き火の光の向こうで、リオナの横顔が一瞬だけ寂しげに揺れた。
イヴが、静かに囁く。
《……彼女の瞳に、遺伝的印章を確認。獣王覚醒の影響で獣王シルヴァリオンの過去がフィードバックしているようです》
「……記憶のフィードバック?」
《はい。“獣人王国リュカオン”......今は亡国となったその一族の、滅びることになった記憶です》
焚き火が弾け、火の粉が夜空に散った。
リオナは、気づかぬまま微笑む。
「お兄にゃん、ありがとにゃ。あったかいにゃ……」
大河は静かに笑い返した。
だがその胸の奥には――言葉にならない不安が、静かに芽生えていた。




