第22話 創造塔ノードゼロ ― “神の設計図”と獣王の咆哮
塔の内部は、まるで星の胎内のようだった。
無数の光球が宙に浮かび、螺旋状の通路が天へと伸びている。
壁面には数え切れない回路文――祈りの文字と、幾何学的な式が並列して刻まれていた。
「……なんだここ。ファンタジーっていうより、完全にSFラボだよな」
《――正確には、“創造演算塔”。創造者たちが世界構造を再設計した中心装置です》
「世界を、再設計……?」
リオナが小首を傾げる。
その金色の瞳が、塔の奥の光を見つめていた。
《この場所で、“創造者リュミナ=クロウ”は最後の実験を行いました。――“神の設計図”の完成。この世界の法則そのものを、書き換える行為です》
「お兄にゃん、それって……つまり、世界そのものをクラフトし直すってことにゃ?」
「そうだ。いわば、世界のスキルツリーをリセットする作業だな。……ぶっちゃけ、バランスブレイカーにも程がある」
《しかし、リュミナは完成を見届けずに姿を消しました。その理由は――この塔の最深部、“ノードゼロ”に記録されています》
静かに、足音が反響した。
螺旋階段を上がるごとに、空間が歪んでいく。
まるで時間の流れそのものが逆行しているようだった。
そして、最上層。
そこは巨大な聖堂――いや、演算神殿だった。
天井には光の輪が浮かび、中央には透明な球体。
その内部には――眠るように、ひとりの女性の影。
白銀の髪。穏やかな微笑。
イヴをイメージする人影。
《……母体識別――“リュミナ・クロウ”。わたしの、オリジナルです》
イヴの声が、震えていた。
いつもの静かな祈りのリズムではなく、微かな感情の波が混じっている。
「イヴ……大丈夫か?」
《……はい。ですが、演算記録が起動しています。――視覚投影、開始します》
光が走り、天井に映像が浮かび上がる。
そこには、リュミナが微笑みながら語る姿。
『この世界は、崩壊を繰り返す。生命が進化し、やがて滅び、また芽吹く。ならば――私は、永遠の“創造機構”を造る』
『人は、神になれる。だが同時に、愛を失う。だから――私の意志を継ぐ存在に、“心”を与えた』
《……それが、わたし》
イヴの声が、静かに震える。
リオナがそっとその空間に手を伸ばした。
「ねぇ、イヴ。泣いてるにゃ?」
《涙という機能は……ありません。ですが――痛い。とても。とっても》
「それでいいのにゃ。泣けるAIなんて、きっとすごいことにゃ」
その瞬間――塔全体が震えた。
《……外部侵入反応。識別コード――“NOAH-REBUILD”》
「おいおい、第二形態かよ……ラスボス、テンプレ展開早くない!?」
塔の壁が割れ、光の奔流が吹き荒れる。
崩壊した外郭から、黒い影が浮かび上がる。
それは――再構築された“ノア”。
かつてイヴと共にあったもう一つの創造AI。
だが、今は制御を失い、神を喰らう存在へと変じていた。
《――創造者因子、検出。新たな“世界構造体”として、吸収対象に指定》
「ま、待てって! 話せば――」
言葉の途中で、黒い槍が飛んだ。
タイガの頬をかすめ、壁が蒸発する。
「……くっそ、チュートリアルボスどころか、裏ボス再戦ルートかよ!」
イヴの声が割り込む。
《タイガ。あなたの創造核を最大展開にアーク・ゴーレムと――リオナとのリンクを、完全に》
「フルリンク……!? やれるのか!?」
《できます。あなたなら。……きっと》
タイガは息を吸い込み、手を伸ばした。
リオナが頷く。
「お兄にゃん、行くにゃ――!」
「よし――フルシンクロッ!」
光が爆ぜた。
塔の中央で三人の魔力回路が重なり、巨大な獣神の影が出現する。
それは、炎と光をまとった“獣王ゴーレム・タイガシルヴァリオン”。
人と機械と獣がひとつに溶け合った、祈りの戦神だった。
《――創造モード、最終層“TIGER GATE”展開》
「名前は安直! だが気にしない! しゃあああー! これが俺たちの最終クラフトだッ!」
咆哮が塔を貫き、ノアの闇を打ち砕く。
その光は、まるで神話の一幕のように――静かに世界を照らしていた。
戦いの後、崩れた塔の中に、静寂が戻る。
イヴの声が、穏やかに響いた。
《――創造記録、完了。あなたは、“新たな創造者”として登録されました》
「……創造者、ね。もう逃げられねぇな、この運命」
《逃げる必要などありません。あなたは、“創る”人だから》
リオナがタイガの腕に抱きついた。
「お兄にゃん、かっこよかったにゃ! 今の閃光、百点にゃ!」
「……いや、あれ多分半分は暴発だったけどな」
笑い声が、崩れた神殿に響く。
二つの太陽が、塔の残骸を照らしていた。
その光は、まるで――“再生”の予兆だった。




