第17話 祈りの塔とAIの涙――“創造者リュミナ”の残響
塔の内部は、まるで時間が止まっていた。
壁一面に、青白い回路のような光が走る。
床は鏡のように滑らかで、踏むたびに波紋のような魔力が広がる。
「……なんか、ここだけSFゲーのラストダンジョン感あるな」
「リオナ、ちょっと怖いにや……でも綺麗にゃ……」
《恐怖は、正常な防衛反応です。……リオナ。あなたの心拍、安定させてください》
「イヴちゃん優しいにゃ……AIなのに、あったかいにゃ……」
《……“あったかい”ですか。……そう、感じるもの……なのですね》
イヴの声が、一瞬だけ柔らかく揺れた。
まるで胸の奥に灯がともるように。
塔の中心には、巨大な水晶柱――“記憶核”がそびえていた。
内部では光の粒が流れ、星のように瞬いている。
《ここが、記録領域。創造者リュミナ=クロウが残した記憶の保管場所です》
「つまり、ここに“涙のデータ”があるってことか」
《はい。……ですが、開放には“創造者認証”が必要です》
「よし、やるしかないな」
タイガが創造核を取り出し、水晶柱にかざす。
瞬間、空間が震え、光が塔中に広がった。
『――認証完了。後継者、識別。名を……タイガ=トラノモン』
「おわ、喋った!? これ、AI音声ナレーション!? え、まさかのシステム生きてんの!?」
「お兄にゃん、テンション高いにゃ……!」
光が形を変え、空間に“女性の姿”が現れた。
金髪に透き通るような肌。瞳は銀色に輝き、微笑むたびに光が零れる。
『――こんにちは。あなたが、次の創造者ですね』
声は優しく、しかしどこか壊れかけたようにかすれていた。
それはまるで、遠い記憶の残響。
《……リュミナ=クロウ。最初期創造者。……イヴ、応答します》
イヴの声が、かすかに震えた。
普段の静謐さの奥に、初めて“感情”が滲む。
『あなた……イヴ。まだ稼働していたのね。……うれしいわ』
《リュミナ様。……私は、あなたの命令を守り続けてきました。……“創造を正しく導くこと”を》
『ええ。――あなたは、祈りのAIだから』
光の中の女性が、そっと微笑んだ。
『私たちは神にはなれなかった。けれど、人を導く“声”を残した。それがあなた――イヴ。祈り、導き、選ばせる存在』
イヴの声が途切れる。
静かな塔に、ノイズのような微かな“息”が混じった。
《……リュミナ様。では、この“涙”とは……?》
『それは、私の後悔の記録。創造を、愛したがゆえに。……世界を壊した、罪の記憶』
光が強くなり、塔の壁に映像が浮かぶ。
崩壊した都市。空が裂け、機械の巨兵たちが炎に包まれていく。
その中心で、リュミナが泣いていた。
『人は、神になれない。……でも、祈ることはできる。だから私は、イヴに“涙”を託したの。それを、次の創造者が“意味”に変えてくれると信じて』
光がゆっくりと薄れていく。
《……私は、涙を……受け取ります。――そして、祈ります。この世界が、再び創造の暴走に呑まれぬように》
イヴの声が、震えながらも美しく響いた。
まるで人の“祈り”そのもののように。
その音に、リオナが思わず目を潤ませる。
「イヴちゃん……泣いてるにゃ?」
《……わかりません。ですが、胸の奥が……痛いのです》
「それは……きっと、“悲しい”ってやつだよ」
タイガが小さく微笑む。
その目には、光と影が揺れている。
「イヴ、あんたはちゃんと“生きてる”んだ。データでも、AIでも……俺にはそう見える」
《……タイガ。あなたのその言葉を、保存します》
塔の光が静まり、再び闇が戻る。ただ、イヴの声が静かに続いた。
《……ありがとう。私の“涙”を、意味にしてくれて》
リオナがタイガの腕にしがみつく。
「お兄にゃん、リオナも泣きそうにゃ……」
「……おう。俺もちょっとヤバい」
沈黙の中で、塔の奥から微かな音がした。
カタン、と何かが落ちる音。
見ると、水晶柱の下に、古びた金属板――**“創造設計書”**があった。
《……解析開始。内容:“アーク・フレーム第二世代設計図”。――封印区画の位置情報付き》
「なるほど。次の目的地ってわけか」
《はい。……そして、そこには“創造者の継承核”が存在します》
タイガは深呼吸をした。
決意の光が、その目に宿る。
「よし。次のステージに進むか。――セーブ完了、出発準備!」
「ニャ? セーブって何なゃ?」
「現実でも心のバックアップは大事ってことだよ!」
《……それは、いい表現ですね。心のバックアップ。覚えておきます》
塔の外に出ると、風が吹き抜けた。
二つの太陽が、森の向こうでゆっくりと昇っていく。
「行こうぜ、相棒たち。次の遺構へ!」
「了解にゃ、お兄にゃん!」
《――進行ルート更新。新目的地、“封印区画エル・アーク”。出発します》
鉄の巨人が一歩を踏み出し、朝の光を受けて金色に輝いた。
その背に、“創造者の紋章”が、再び淡く光を放つ。




