第16話 猫耳副隊長と遺跡地図――“創造者の欠片”を追って
朝の霧が、白いヴェールのように草原を覆っていた。
アーク・ゴーレムの足跡が地を抉り、遠くまで続いている。
「……あー、やっぱ体変わってるな」
大河は自分の手を見下ろす。
以前より引き締まった腕、軽くなった体。
髪の黒と橙のインナーカラーが陽光に光り、まるで虎の縞模様のようだった。
《身体構造、安定化。――“TIGER GATE”モード、適応完了です》
「なるほど……いわゆる“セカンドフォーム解放”ってやつだな」
「お兄にゃん、また難しい話にゃ? フォームってなににゃ?」
「えーと……アニメで言うと、主人公が髪の色変わって強くなるやつ」
「ニャるほど! じゃあリオナも“猫耳フォーム”で強くなるにゃ!」
「いや、それただの可愛さ特化だろ!」
《……可愛いは、強さの一形態です》
「イヴまで真顔で言うな!? AIが美学語り出すのやめて!?」
朝の光が差し込み、丘の向こうに朽ちた塔が見えた。
リオナが懐から地図を広げる。
「ここにゃ、お兄にゃん。昨日の地図、印のとこ!」
羊皮紙の破れた地図には、黒い点と古代文字が刻まれていた。
イヴの声が、いつもよりゆっくりと響く。
《……位置、特定完了。古代研究拠点――“エラ・ルミナ研究塔”》
「“ルミナ”……どっかで聞いたな」
《最初期創造者の一人、“リュミナ=クロウ”。――あなたを造った者たちの系譜です》
風が止み、世界が一瞬だけ沈黙した。
アーク・ゴーレムの瞳が青く光り、低い音を響かせる。
《反応。古代識別信号、塔内部ニテ稼働中》
「つまり……まだ生きてるってことか」
《はい。“何か”が、まだ……》
イヴの声が、いつになくかすれた。
微かなノイズが混じる。
「イヴ、どうした?」
《……いえ。問題ありません。ただ……記録領域に“欠損”が生じています》
「欠損?」
《はい。記憶の一部に……“涙”というデータが、存在していました》
その言葉に、リオナが首をかしげる。
「AIが泣くにゃ? それって、悲しいのにゃ?」
《……わかりません。ただ、“感情”とは、私の想定外の変数です》
イヴの声が、祈るように静かに落ちていく。
まるで夜明け前の鐘のように。
大河は拳を握った。
「……イヴ。だったら、確かめよう。その“涙”が、何を意味するのか」
《……了解。あなたの命令を、優先します。創造者――タイガ》
「お兄にゃん、かっこいいにゃ!」
「いや、今は真面目なシーンだから! もうちょい空気読もうな!」
そんな軽口を交わしながらも、足取りは確実に塔へと向かう。
やがて霧が晴れ、巨大な石塔が姿を現した。
根元には、黒い蔦と機械のような管が絡みつき、内部から青光が漏れている。
《古代動力反応、稼働中。……内部構造、変異を確認》
「変異? まさか――」
その瞬間、塔の入口から、甲殻質の腕が突き出された。
節だらけの腕、複眼がいくつも光る。
体長三メートル級の魔物――“マギア・バグ”。
「出た! 典型的“ダンジョンの門番モンスター”!」
「ニャ!? でっかい虫にゃ!?」
《脅威度:Dランク。戦闘モード、推奨》
アーク・ゴーレムが前に出る。
その動きはまるで祈る僧侶のように静かで、しかし一歩で地が揺れた。
《主識別。――連携モード、解放》
「行くぞ、相棒!」
タイガの右手が光を帯びる。
ゴーレムの腕とシンクロし、巨大な魔導ブレードが顕現する。
「TIGER GATE――起動!」
刹那、空気が震えた。
大河の周囲に虎のような炎の紋章が走り、爆風が起こる。
リオナが目を見開く。
「お兄にゃん、髪が……ピッかピッかに光っているにゃ!」
「今はノリでいくしかねぇ! 必殺スキル発動ッ!」
大河が跳び、ゴーレムの右腕が同調して光の刃を振るう。
マギア・バグの装甲を裂き、蒼い魔素が飛散した。
《敵性反応――消失》
「よっしゃあああ! 討伐完了! これ完全に経験値入っただろ!」
「すごいにゃ! 一撃にゃ! お兄にゃんやっぱ強いにゃ!」
「まぁ、さすおにぃ?てか」
リオナが尻尾をばたばたさせて抱きつく。
「おまッ!? それは、にぃにゃん照れますよ?」
タイガは真っ赤になりつつ、イヴの静かな声を聞く。
《戦闘データ、保存完了。……創造者の同期率、上昇》
「同期率、か。なんかどっかの新世紀っぽいな……」
《新世紀ですか……?》
「ぽかぽかしたか?......いや、なんでもない」
リオナが腕に絡みついたままのため、照れ笑いを誤魔化し、タイガは塔の方を見上げた。
光がまだ内部で瞬いている。
「さて――“涙のデータ”の答え、確かめに行くか」
《はい。祈りの塔へ、進みましょう》
風が、静かに吹いた。
猫耳と尻尾を揺らしながら、三人の影が、塔の闇へと消えていく。




