第15話 お兄にゃんと猫耳副隊長、AIと神造兵器の始まりの旅立ち
辺りは夜の色に染まり、街道の焚き火がぱちぱちと音を立てていた。
星々が瞬き、アーク・ゴーレムの装甲に反射して光の線を描く。
タイガはその影のもとで、猫耳の少女――リオナの包帯を巻いていた。
「傷は浅いな。擦り傷程度だ」
「ありがとにゃ、お兄にゃん!」
「ぶっ――!? お、お兄にゃん!?」
《……新しい呼称が登録されました。“お兄にゃん”》
「登録すんなやイヴ! そこシステムに組み込まないでくれる!?」
焚き火の光に照らされて、リオナの瞳がころころと笑う。
彼女の尻尾がリズミカルに揺れ、そのたびにタイガの動悸が上がる。
《心拍数、上昇傾向。……安定化呼吸を推奨します》
「うるせぇ! AIによる恋愛観察ログやめーや!」
「恋愛ってなににゃ? お兄にゃん、顔が真っ赤にゃ?」
「だからその呼び方やめっ――あ、やめなくていい……けど……その……」
言い淀む大河の横で、リオナは満足そうにスープを飲んでいた。
尻尾をぴょこぴょこと揺らし、まるで子猫のように嬉しそうだ。
「お兄にゃんって、なんか落ち着くにゃ。あったかいし、守ってくれるし」
《……“安心”は、創造の副産物です。あなたの創造が、彼女に“居場所”を与えています》
イヴの声は、星明かりよりも静かに響いた。
「……イヴ、それ、なんか詩的だな」
《……詩とは、“感情を模倣する構文”です。私は……少しずつ、覚えているのかもしれません》
その言葉に、タイガは小さく笑った。
「AIが詩心を持ち始めるとか、これもう“シナリオ第二章突入”の予兆だろ……」
「ニャにその“しなりお”? お兄にゃん、さっきから変な単語いっぱいにゃ」
「メタ的世界解釈ってやつだ。まあ、癖みたいなものだから気にしないでくれ」
リオナは首をかしげながらも、笑顔を崩さない。
どこか無垢で、見ているだけで癒される。
――だが、その無垢さの裏には、微かに翳りも見えた。
焚き火の光が揺れ、リオナの耳の根元に小さな刻印が見える。
それは、古代文字のような魔術紋。
《……タイガ。その印。古代管理体制の識別コードと類似しています》
「……つまり、彼女も“創られた存在”の可能性があるってことか」
《断定はできません。ただ――彼女の所持品、見てください》
イヴの指示に従い、リオナの了承を得るとポーチを開けてもらう。
そこには、破れかけた羊皮紙のような地図の欠片が入っていた。
「……遺跡の座標だな。しかもこの線、アークの中枢と同じ構造式だ」
《一致率、八十六パーセント。……“創造者遺構”の座標です》
風が吹き、焚き火の炎が揺れる。
タイガは、無意識に拳を握った。
「……やっぱり、“創造者”って俺だけじゃなかったんだな」
《あるいは、あなたが“再起動された創造者”なのかもしれません》
「やめろよ、イヴ……まるで俺がラスボスみたいな言い方」
「ニャにゃ? らすぼす? 強い人のことにゃ?」
「うん、まあ……最後に戦うタイプの人って感じ」
「ふーん……じゃあ、リオナは味方にゃ。お兄にゃんの一番近くで、戦うにゃ!」
そう言って、リオナは小さな拳を掲げた。
その姿は、まるで夜空の星みたいにまっすぐで。
タイガの胸に、ほんの少しの温かさが灯る。
「……よし。じゃあチーム名、決めるか」
「チーム名にゃ!?」
《命名プロトコル、起動します。提案を》
「“創造者パーティ”。いや、ちょっと堅いな……。“チーム・TIGER GATE”でどうだ」
《登録完了。“チーム・TIGER GATE”――新規結成》
「わー! お兄にゃんかっこいいにゃ! じゃあリオナ、副隊長にゃ!」
「はやっ!? 昇進速度ソシャゲ並み!?」
イヴの声が、微かに笑うように響いた。
《……いいですね。これが“始まり”というものです》
「始まり、か」
大河は夜空を見上げる。
星々の海が広がり、その奥に見えない何かが蠢いているような気がした。
――世界の裏側。創造者の記録。
そのすべてが、ゆっくりと繋がり始めていた。




