第12話 創造者、遺構帯で千年待ちのゴーレムを起動する件
二つの太陽の光が、優しく森の向こうから差し込む。
大河は立ち上がり、背負い直したリュックをぎゅっと握りしめた。
「よし……そろそろ帝国を目指すか。まともな飯と屋根のある寝床、めっちゃ期待してる件」
《理論上は、可能です。……ただし、その道中には“古代遺構帯”が存在します》
「遺構帯? 名前からして、また“創造者案件”くさいな」
《はい。……かつての創造文明の残骸群。今では地図にも載らない廃墟地帯です。崩壊した塔、研究施設、そして――魔物の巣窟。危険度、推定中》
「完全にRPGの“次のダンジョン”説明だな……。まあ、俺にはイヴがいるし、死亡フラグ立ってもギリ回避できるはず」
《根拠の乏しい楽観ですが……その思考傾向、生命維持に有利です》
「褒めてるのか心配してるのかどっちだよ」
森はゆるやかに丘陵へと変わり、風が低く唸る音を立てる。
陽光を受けた岩肌が、鈍く青く光っていた。
「それにしても、千年経っても遺構が残ってるとか……建築素材、バケモンだな」
《創造者の技術は、現人類の三千年先。構造体は“魔力骨格体”で構成され、半永久的に崩壊しません》
「半永久的……つまり、今も動くヤツがあるってことか?」
《はい。ただし、“封印指定”個体に限ります》
「封印……?」
その瞬間、イヴの声がノイズで途切れた。
同時に――大地の下から、かすかな震動。
風が止み、空気の質が変わる。
「……今の、地震じゃないよな」
《違います。……高密度魔力反応。古代機構の再起動反応です》
「再起動!? まさか今の会話、トリガー引いた?」
《その可能性は高いです。古代遺構には“創造者認証波形”を感知する仕組みが組み込まれていました》
「そんなセキュリティ、便利だけど怖すぎるって……!」
岩陰を抜けると、地面から突き出した巨大な金属柱が視界を埋めた。
表面には錆ひとつなく、幾何学模様が淡く脈動している。
その中心――俺の“創造核”と同じ形の紋章が刻まれていた。
《……確認。創造機構第七端末。最初期創造者の一人、“リュミナ=クロウ”による封印対象》
「封印対象って……お前、ヤバいやつじゃねぇか」
《はい。ですが、あなたの核が同調したことで……封印解除プロトコルが発動しました》
「いや待て! 俺、解除した覚えねぇぞ!? オート解除機能いらんて!」
柱の紋章が閃光を放つ。
空気が震え、耳鳴りのような高音が響く。
――地面が裂けた。
光の奔流が吹き上がり、その中から“何か”が姿を現す。
金属と石を組み合わせたような巨体。
黒鉄の装甲は祈る像のように美しく、胸部には青白いコアが脈打っていた。
関節部には細やかな紋様が走り、魔力の光が血流のように巡っている。
巨影はゆっくりと膝をつき、地を割る重音が響く。
風が巻き、土煙の中で“人型”の輪郭が明確になった。
――それはまるで、千年を超えて主を待ち続けた守護神像。
《……確認。旧世界戦闘兵装、“アーク・ゴーレム”》
「ゴーレム……? でも、なんかただの兵器じゃない。形が……祈ってるみたいだ」
頭部は兜のように閉ざされ、双眸には蒼い光。
腕部には盾状の機構、背中には翼骨のような冷却装置が展開している。
その佇まいは、戦士であり、神官でもあった。
音が消えた。
空気そのものが、カノものを中心に“静止”したかのよう。
《起動完了。主識別――創造核、一致》
「……嘘だろ。認識、された……?」
巨人の光が、ゆっくりと瞬く。
――そして。
膝をつき、深々と頭を垂れた。
《指令ヲ。創造者――トラノモン・タイガ》
「……マジかよ」
その姿に、思わず息を呑む。
高さは四メートルを優に超え、膝をついた状態でも人の背丈をはるかに越えている。
装甲の隙間から漏れる光が、まるで心臓の鼓動のように脈打っていた。
《アーク・ゴーレム、護衛プロトコル……待機状態》
千年の眠りを経てなお、主の名を待ち続けた忠誠の静寂。
その重みが、肌に刺さる。
大河は息を整え、言葉を絞り出した。
「……命令だ。俺と共に来い。これからの旅で、俺を――守れ」
数秒の沈黙ののち、ゴーレムの目が一瞬、強く輝く。
そしてゆっくりと立ち上がり、地を震わせるほどの足音を響かせた。
《命令承認。護衛モード……起動》
重厚な駆動音。
その歩みは、まるで神殿の守護像が再び動き出したようだった。
「……本当に動いた……」
《アーク・ゴーレムとの同調完了。創造者ランク:E → Dに昇格。スキル《創造:Lv2》進化。副機能《構成補助》《創造記録》解放》
「ステータス更新……! 完全にレベルアップ演出じゃん!」
《《構成補助》は、創造時の魔力消費を減少。《創造記録》は、一度創った構造物の再構成を可能にします》
「つまり……設計図機能と省エネモード実装ってわけか! クラフト勢歓喜!」
《理解速度、上昇中。創造者適性、基準値を突破しました》
胸の奥で、熱が灯る。
視界に、魔力の流路が線となって走り――まるで“世界の設計図”が見えるようだった。
「……創れる。今までより、ずっと正確に」
《――あなたは、正式に“創造者”として認識されました》
「正式、ね……。責任、でかくなった気しかしないんですけど」
《それでも、あなたが選んだ道、です》
丘の向こうで、二つの太陽が沈みかける。
その光を受け、アーク・ゴーレムの装甲が黄金に輝いた。
「イヴ、行こう。帝国までは……まだ遠いんだろ?」
《はい。……ですが――あなたは、もう独りではありません》
鉄の巨人が、静かに一歩を踏み出す。
地が鳴り、空気が震え、その後ろを小さく笑いながら追う。
「……頼むぜ。頼れる相棒たち」
その背に――滅びの時代から受け継がれた“創造者の紋章”が、淡く光を放っていた。




