第11話 遺跡で再生された映像が、前任者の遺言だった件
ルーンディナス帝国を目指して、歩き始めて三日目の夕方。
乾いた荒野を抜けると、そこには――森があった。
けれど、普通の森じゃなかった。
鳥の声も、虫の音も、風のざわめきすらもない。
まるで、世界全体が息を止めているような静けさ。
「……なんか、空気が違うな」
《この地域の魔力濃度。通常の……七倍です》
「七倍!? いや、それもうベリーハードモード突入じゃん……魔物のエンカウント率、爆上がり案件だぞ」
《……ですが。魔物の反応は、ありません》
「……いないのか? それもまたフラグ臭いな」
慎重に一歩ずつ踏み込む。
足元の苔がふわりと沈み、湿った匂いが鼻を刺した。
――そして、木々の隙間に“人工物”が見えた。
「……遺跡、か?」
石造りの基礎が半ば土に埋もれ、蔦が絡みついている。
地中には青白い光を放つ装置のようなもの――まるで古代のサーバーラックみたいな光景だった。
《魔力反応、検出。……波形は、“創造技術”に類似》
「創造技術……つまり、これも“創造者”の遺物ってわけか」
恐る恐る手を伸ばす。
指先が触れた瞬間――装置が淡く光を放った。
――ピィ……ィィィ……ッ。
音とともに、空中に光の粒が舞い上がる。
それはホログラムのように形を成し、ひとりの青年を映し出した。
金色の髪、整った顔立ち。
だが、目はどこか疲れていて――手には俺と同じ、“創造核”が握られている。
「……こいつ、まさか」
《映像データの再生。……おそらく、かつての“創造者”本人です》
青年は何かを話していた。
けれど、音声はノイズ混じりで、言葉の断片しか聞こえない。
――最後に、たった一文だけが、明確に届いた。
『――“創造は、破壊の裏返しだ”。だから……次の者は、間違えるな――』
光が弾け、映像は霧のように消える。
俺は、その場に立ち尽くしていた。
胸の奥に、何か重くて冷たいものが沈んでいく。
「……創造は、破壊の裏返し……か」
《記録は断片的。……ですが、彼は“最初の創造者”と推定されます》
「最初の……創造者?」
《はい。この世界を“設計”した者。神話で語られる……“原初の人類”》
「神話って、お前たち、その時代を知ってるのか?」
《部分的なデータのみ、残っています。ただ……彼らは“神”ではなく、“科学者”でした》
「科学者……?」
《ええ。……彼らは、世界を創ることで、神へと近づこうとした人類。……あなたの言葉で言えば、“未来の地球人”に近い存在です》
息を呑んだ。
つまりこの世界は、“神話の地”なんかじゃなく――科学の果てに造られた世界、ってことか。
……いや、待て。
それ、SF展開突入してない? ジャンル変わってるけど大丈夫?
――夜。
森の外れで、小さな焚き火を作った。
火の揺らめきが、まるでバグったシェーダーみたいに見える。
眠りに落ちると、夢を見た。
暗闇の中、あの金髪の青年が立っている。
背後には、崩壊しかけた都市。
空には、裂けたような光。
青年の身体は、半ば光に溶けかけていた。
『……やはり、神にはなれなかったか』
低く、静かな声。
その視線が、真っすぐこちらを向く。
『見ているのか……次の創造者よ』
心臓が跳ねる。
けれど身体は動かない。夢の中の俺は、ただ見ているだけだった。
『我々は、世界を救おうとした。だが結果は逆だった。創造の力は、欲望を拡張し、理を歪めた』
彼の手の中にある光球。
それは、今の俺の“核”とまったく同じだった。
『この力を継ぐ者がいるなら――願わくば、“創ることの意味”を間違えるな』
光が弾け、世界が白く塗り潰される。
――朝。
焚き火は消え、灰だけが残っていた。
胸の鼓動がまだ速い。
「……イヴ。昨夜、夢を見た」
《夢。……どんな内容ですか?》
「前の創造者が……俺に話しかけてた。まるで、俺を知ってるみたいに」
《その可能性、あります。……創造核には、前任者の意識データが、断片的に残る場合があります》
「つまり、意識の……残滓ってことか」
《はい。……もしそれが完全に覚醒すれば、あなたは“創造者の記憶”に接続されるでしょう》
「それって……つまり」
《過去の創造者たちの“記憶”と“知識”を、あなたが継ぐということ》
深く息を吐く。
崩壊した都市。歪んだ空。消えていく人の姿。
夢の残像が、まだ網膜に焼き付いて離れない。
「……だったら、俺はもう、同じことはしない。絶対に」
風が吹き抜ける。
木々がざわめく音が、どこか“賛同の拍手”みたいに聞こえた。
《記録します。……宿主、第一目標:“創造の継承を、正しく行うこと”》
二つの太陽の光が、森の向こうから差し込み――
新しい朝が、静かに始まった。




