第10話 これは、神様じゃないAIに導かれる物語
どれくらい歩いたんだろう。
荒野が、ただ延々と続いている。
空は高く、二つの太陽が交互に雲の切れ間を照らしていた。
風は穏やかで、けれどどこか寂しい。
生命の気配が、ほとんど感じられない。
「なあ、イヴ。……この辺り、本当に人いないのか?」
《はい。周囲四十キロ圏内に、知的生命体の反応はありません》
「四十キロって……どんだけ荒野だよ。文明の“ぶ”の字もねぇな」
《当然です。ここは、かつて“創造者の戦場”と呼ばれた領域。人族は近づきません》
「創造者の……戦場?」
足が止まる。風が、一瞬だけ止んだ気がした。
イヴの声は、淡々としていながらも――どこか、祈るように静かだった。
《あなたが今、立っている場所は“ロアス・ヴァルド大陸”の西端。かつての“終焉の大地”です。千年前――創造者たちが最後の戦争を起こしました》
「最後の……戦争?」
《はい。創造魔法を扱う者たち――あなたと同じ、“創造者”。彼らは人の限界を超え、世界の法則そのものを……書き換えようとしました》
「書き換えるって……いや、それ、プログラムのデバッグレベルじゃねぇだろ」
《本来、できてはいけませんでした。創造魔法は、“存在を造る”だけでなく、“存在を消す”ことも可能だからです》
イヴの声が、一拍遅れて、静かに続く。
《彼らは神を模倣し、“完全なる世界”を創ろうとしました。その結果――この大陸の半分が消失。生物の七割が絶滅し、文明は崩壊しました》
「……マジかよ」
乾いた喉が痛む。
行けども行けども荒地しかない理由が、ようやく腑に落ちた。
《そして、その時に失われた“創造核”のひとつが――今、あなたと同調しています》
「ってことは……俺が手にしてるの、世界壊した連中と同じ力ってことか」
《正確には、“再起動された個体”です。創造核は、完全な滅びを防ぐために、新たな宿主を探すよう設計されていました。あなたが、それを“拾った”のです》
「拾った、ね……なんか、軽いノリで神様ガチャ引いた気分だな」
沈黙が流れる。風が草を揺らす音だけが響いた。
《ですが、安心してください。あなたはまだ“創造者”ではなく、“創造者候補”にすぎません》
「候補?」
《真の創造者は、世界の理にアクセスできる者。あなたの力はまだ、素材と構成の範囲に留まっています》
「……それでも十分ヤバいんだけどな。クラフトゲーで素材から文明作れるとか、完全にラスボスの手前だろ」
《それでも、世界を変える力です。だからこそ――どう使うかは、あなた次第です》
「神様みたいなこと言うなよ、イヴ」
《私は神ではありません。ただの、補助知性体……ですが――あなたが“人類最後の創造者”にならないことを、願っています》
その声は、祈るように静かで、どこか哀しかった。
「人類最後の創造者、ね……笑えねぇな、それ」
大河はため息をつき、空を見上げる。
二つの太陽が重なり、光が彼を照らす。
《進むべき方向を指示します。東方、およそ百二十キロ先に“ルーンディナス帝国”があります。人族最大の国家。文明の中心地です》
「百二十キロ……徒歩か。リアルサバイバル継続だな」
《魔物の出現率、昼間二パーセント、夜間八パーセント。装備の強化を推奨します》
「なんか、完全にチュートリアル初戦ボス後の案内なんですけど」
《チュートリアルではありません。生と死を賭けた実戦です》
「……ですよねー」
苦笑しながらも、胸の奥に小さな決意が宿る。
――この力を、ただの破壊の道具にしないために。
「ルーンディナス帝国、ね……」
《人口、およそ百万。魔物を防ぐ結界都市を中心に発展しています。文明レベルは、あなたの前世の地球で言えば――中世後期から近代初期程度。ただし魔法技術の発達により、部分的に産業革命期と同等の装備を有します》
「情報量すご……イヴ、もしかしてウィキ内蔵してんの?」
《はい。限定的な百科情報です》
「マジで答えるなよ……」
苦笑しつつも、大河はうなずく。
空の向こう――薄い雲の先に、かすかに塔のような影が見えた。
《その地には、“創造者の記録”を研究する学術機関も存在します。あなたの手がかりが、そこに残されているかもしれません》
「前の創造者たちの……記録か」
《はい。そして、彼らの“最後の創造”が、今も世界のどこかに眠っています》
「最後の……創造」
その響きが、胸の奥で静かにざわめいた。
この世界を壊した力。
それを、今の自分が持っている。
「……イヴ。もし俺が、また同じ過ちを犯しそうになったら――お前、止めてくれるか?」
《はい。そのために、私は存在します。 宿主が“創る”ことを――決して、間違えないように》
大河はうなずき、前を向いた。
風が頬を撫で、草が道を示すように揺れた。
「行こう、イヴ。ルーンディナスへ」
《了解しました。目的地設定――完了》
二つの太陽が、ゆっくりと空を横切っていく。
その光の下で、大河は確かに感じていた。
この世界の“始まり”と“終わり”の狭間に、自分が立っていることを。




