エピソード おたく荒野に立つ
虎ノ門 大河は、途方に暮れていた。
いや、正確には“最初期のチュートリアルをすっ飛ばされて放り出された感”に、心のバグ報告をしたくなっていた。
彼はぼんやりと──もう何周目かわからないほどのリスポーン感覚で──周囲を見渡す。
二十八年の人生でも屈指の“ぽかん顔”を、いまもなお更新中。
見渡す限り、草と木がまばらに点在するだけの、どこまでも寂しい荒野。
風のSEすらミュート気味である。
「……あっ、荒野だな」
とりあえず口に出してみた。
言葉にした瞬間、イベントフラグが立って世界が動く──そんなRPG的奇跡を期待したが、何も起きない。
空も静か、UIも出ない。夢オチすらバグって不発。
「え、うそでしょ……?」
思わず口走る。
ほんの数分前までは、仕事帰りに“晩飯なに食べようかな”なんて考えながら、最寄り駅の改札を通っていたはずだ。
右手を見る。
定期券入りの財布をしっかりと握っている。
──現実の残滓、それが唯一のアイテム。
大河は財布と周囲を交互に見比べ、たっかん混じりに呟いた。
「……異世界転移。マジで? なんで転生じゃなくて転移なんだよ! 神様手抜きすぎ......」
虎ノ門 大河。名前だけなら勇者級に強そうだが、中身は文化系の極み。
人生の中で戦闘経験ゼロ。趣味はゲーム・アニメ・ネット小説・フィギュアを時々嗜む。
中高時代は名前だけで“裏番候補”扱いされ、実際会ってみたら「え、こっち系!?」と引かれるタイプ。
大学では『現代ポップカルチャー研究会』所属のサブカル研究員(下っ端)。
走れば息切れ、二十八歳にして腹筋が引退、彼女いない歴=生まれてから常時クールタイム中。
──つまり、人生は“平和モードのままラスボスを迎えたRPG”。
そんな彼が今、よりによって“無補助・チュートリアルなし・初期装備:財布”の異世界転移。
神もチートもなし。
巻き込まれイベントも、スキルの覚醒も、可愛い幼女女神も、ぜんっぜん無し。
「いや、これ……バッドエンドの導入パートじゃん」
大河は財布をポケットにしまい、両手を合わせて祈る。
「お願いします! 神様、今からでも遅くないんで! チート・チーレム・ハーレム・俺TUEEE・さすごしゅ せめてステータス画面だけでもくださいっまし!!」
……沈黙。
空は静か、地面は冷たく、演出ゼロ。
「……知ってたよね? この展開、知ってた」
肩を落としながら、ふと顔を上げる。
「──ならば……! 喰らいやがれや! ステータッス・オープンン!!」
異世界テンプレ第二ボタン、発動。
「おおっ!? きたっ、マジできたぁぁぁ!? うおおおお! 神様っ、いや開発スタッフさんありがとうございます!!」
目の前に、半透明のウィンドウが出現した。
だが、歓喜の声は数秒で終息する。
◇――――――――――◇
虎ノ門 大河
レベル:―
HP:95/100
MP:―
称号:異世界人
スキル:言語理解
◇――――――――――◇
「……おい、UIさん、項目少なすぎじゃない!?」
スキルが一個。
しかも“言語理解”のみ。
「いや、助かるけど! 助かるけどもっ!! 戦闘系ゼロってどういうこと!?」
周囲を見渡すが、生物反応なし。
言語理解、発動する相手がいない。現段階虚無スキル。
「いやぁ、これたぶんチュートリアル前だよね!? 序盤イベント飛ばされた感じのやつ!」
そんな虚しい独り言をこぼしつつ、再びリュックを漁る。
中身は──チョコバー二本と半分残ったお茶のペットボトル。
「……詰んでるやつじゃん」
深いため息。
続けて中に入っているものを全て取り出してみる。
折り畳み傘、ポンチョ、タオル、ライト、十徳ナイフ、充電器、音楽プレイヤー、イヤホン、キーケース、金属製シャーボ、カラビナ、電波のないスマホ、財布。
「サバイバルアニメのモブが持ってる装備だよこれ!」
唯一頼れそうなのは十徳ナイフとライト。
お茶を一口だけ飲み、喉を潤して現実逃避を中断。
「……よし、動こう。動かないと“イベント発生しない”のは知ってる」
空を見上げる。
二つの太陽が、ぼやけた光を放っていた。
「……二つ……!? 二つある!? うわ、テンション上がるぅぅぅ! SF寄り世界きたこれ」
テンションが一瞬だけ跳ね上がる。
まだ太陽は低い。朝だ。
夜になる前に、寝床を見つけないと死ぬる。
遠くに山脈の影が見えた。
「山があるなら、川もある! 水場イコール文明フラグ! 根拠? RPG脳だ!」
大河はリュックを背負い直すと、荒野に向かって一歩を踏み出す。
風が、ほんの少し背中を押した。
その先に待つのが、チュートリアルボスか真の絶望か──
それは、まだ誰にもわからなかった。
久し振りの投稿となります。
良ければ読んでやって下さい。
よろしくお願い致します!




