第58話 『正直もっと早く気付くと思っていましたわ……』
そのまま小一時間ほどで星奈さんを病院に送り届けられた。
幸いにも命に別状はないようだったが、それでも相当な負傷ということで入院することに。意識もまだ戻っていなかった。
ミコさんが付き添いで残り、俺と雪さん、真世さんの3人で帰宅することとなった。
「ただいま~……」
「凜音様! ああ凜音様……ご無事で何よりですわ……」
「凜ちゃん……」
泣き腫らした顔で出迎えてくれたフランと真里愛。その真里愛が抱きしめてくる。
「まさか魔人が現れるだなんて……本当に生きててよかったですわ……」
そう言ってフランも抱きついてくる。っていうか、それ程までに恐れられている魔人のこと、なんで誰も教えてくれなかったのよ!
「凜音さん……申し訳ない……」
と思っていたら、なぜか学校の理事長が奥から表れた。申し訳なさそうな顔をしながらも雪さんたちに厳しい目を向けているが。
「……魔人は通常危険区の奥にいるとされており、『アヘピス』の任務には凜音さんがそこまで行かないように、というのも含まれておりました」
雪さんをチラッと見ると、憮然とした顔をしている。無表情だけど。
「……少なくとも星奈さんは命をかけて凜音くんを守った」
「――っ! だから何だっ! 結果は凜音さんは逃げるどころかその星奈を助けるために交戦したんだろう!? お前らの仕事は死んでも凜音さんを逃すことだったはずだっ!」
猛烈な勢いで雪さんを怒鳴りつける理事長。正直疲れてる今は勘弁して欲しい。
「明確な契約違反だ! 何のためにお前らSランクに依頼したと思っている!」
元々アヘピスを紹介してくれたのは理事長らしいので、契約違反を咎めている、ということか。
「――っ」
雪さんが歯噛みして悔しがっている。せっかく生き残ったのにそんな顔してほしくない。
「理事長、今回の件は俺が無理矢理星奈さんを助けるために交戦したんだ。だから彼女らは――」
「だからそうならないために凜音さんの監視役なんだ! これ以上勝手なことをするなら我が一族の力を持って身柄を拘束することも辞さない! いい加減理解しろ! 凜音さんの命は彼女らのそれより重い!」
大声の後、興奮が収まらないのか息を荒げながら睨みつけてくる理事長。
ところで理事長の一族って何? 確か鳳凰院って名字だったと思うけど……うん、もしかしなくてもお偉いさんっぽい。
「……理事長や他の人が俺の身を案じてくれてることはわかったしありがたいとも思う。だけど、仲間を目の前で殺されそうになって逃げられるほど俺は人間できてない」
「ならば金輪際探索者などやめてくれ!」
「その人間ができてない俺が不当に拘束されたり監禁されたらどうなるか……ご立派な理事長ならわかりますよね?」
睨み合う俺と理事長。
実際どうだろうね。暴れたりとか多分無理なんで泣いて許しを乞うくらいしかできないかもしれない。
それでも星奈さんや雪さん、ミコさんが悪く言われるのは許し難いことなんだ。
「……今日のところは失礼する。見送りは結構!」
激し動きで席を立ち、出口へと向かう理事長。その後ろを真世さんがついて行く。
「結構だと言っている!」
「失礼、見送りではなく監視でございますれば」
「~~~っ! 勝手にしろっ!!!」
うひっ、真世さんいい性格してる!
「……ふぅ、何だか厄介な感じだね」
理事長の姿が見えなくなってしばらく、ようやくという感じで息を吐く。
「凜音様、そのぉ~……厄介というか何と言うか……もう1つ問題がございまして……」
歯切れ悪く言い淀みながらも、フランが口を開く。
「その、まひるなんですが……」
「え? まひるちゃん?」
彼女の身に何かあったのか!?
「凜音様との……ランチョンとの通信が切れた後、泣きながら部屋にこもってしまいまして……本来は我々で解決すべきことなのですが」
「そんな寂しいこと言わないで。まひるちゃんは俺にとっても大切な人なんだから」
「そう言って頂けると……」
◆◇◆◇◆◇
まひるちゃんの部屋の前――10階にある俺の部屋という名のみんなの部屋ではなく、8階のまひるちゃんの個室前で様子を伺っていると、微かにまひるちゃんの啜り泣く声が聞こえてくる。
通信が途絶えてから、ということは……俺の身が心配で泣いているのかな。相変わらずかわいいやつめ。
「まひるちゃん! 俺だよ、俺! ちゃんと生きてるよ!」
「……ひっく」
返事、なし!
「出てこないと……マフリルのお部屋を俺好みに変えちゃうぞ!」
「……ぐすっ」
当然返事、なし!
「……疲れたからさ、まひるちゃんの顔が見たいな~。かわいくて素敵で仕事ができるまひるちゃんの顔が」
「……」
返事、な――。
「……あたしは……何も、できないです……」
あった! 返事あった!
「何言ってんの! まひるちゃんのおかげで星奈さんが助かったんだよ!」
「星奈さんとか、どうでもいいです……」
ひどっ!
「まひる、開けますわよ」
「え?」
「え?」
フランが合鍵を使ってドアを開ける。
部屋は薄暗く、明かりも付けずにベッドの上で何かを抱きしめながら泣いているまひるちゃんがいた。
それは自作のぬいぐるみのようで、デフォルメされて可愛くなった俺のぬいぐるみ。
「やぁ……見ないでぇ、出てってぇ~……」
ハッとした顔で、弱々しく抵抗の声を上げるまひるちゃん。
部屋を見回すと他にも可愛いぬいぐるみがたくさんある。中でも目を引くのは、まひるちゃん自身のぬいぐるみとマフリル、そして俺が仲良くくっついてるもの。それに俺とまひるちゃんの手が繋いであるものまで。おや、あれは――。
「ふふ」
こんな状況だが胸がキュンキュン、愛おしさがとまらない。今すぐ抱きしめてしまおうか――。
「凜音様、実はあなた様に秘密にしていたことがあるんですの」
俺の衝動を止めたのはフランの言葉。なぜならば、思い詰めたような、覚悟を決めたようなそんな含みを感じたから。
「実は……」
「……」
心臓の音が聞こえるほど、緊張しているのがわかる。フランは一体何を言うつもりなのか。
「実は……!」
「実は……?」
何度も言葉を飲み込み、それでもフランは遂にその言葉を紡いだ。
「実は、ランチョンはAIじゃないのですわ……!」
「――えっ?」




