第6章【記憶の輪郭、揺れる現在】
Scene:昼下がり ― 教室、窓際
カケルは、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
教室は穏やかな空気に包まれている。いつもの日常、いつもの午後。
……のはずだった。
だが彼の視界の端で、窓ガラスが微かに揺れた。
まるで“現実”そのものが、呼吸でもしているかのように。
「……また、夢のこと思い出してた?」
声をかけてきたのはユイ。
彼女の表情には、ほんのわずかに硬さがあった。
「うん。最近、ちょっとだけ違う夢を見るんだよね。前みたいに奇妙なのじゃなくて……」
「女の子が出てくるの?」
「……うん。銀髪で、すごく優しい笑顔で……ルミア、って名前みたい」
ユイの背筋が、ぴくりと震えた。
彼女には、見えてしまったことがある。
カケルの“隠されていた側面”――その存在の根底にある、何か異常な気配を。
にもかかわらず、カケルはいつも通りだ。
のんびりしていて、冗談ばかりで、悪気もなくて。
だからこそ、怖い。
「……カケルは、今のこの世界が“普通”だと思ってる?」
「えっ? うーん、まあ普通じゃない部分もあるけど……みんなが一緒にいて、笑ってる。それが普通なんじゃない?」
その言葉に、ユイは何も言えなくなる。
(……この人の“普通”は、どこまでが普通なんだろう)
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Scene:生徒会室 ― 魔王生徒会の動き
静まり返った生徒会室の奥。
真紅の椅子に腰かけた“会長”は、手にした万年筆で何かを記していた。
「観測点に、再構成波が再び活性化……なるほど。『夢』を介して過去との接触が進行している、か」
その後ろに立つ副会長が、口を開く。
「やはり、“ルミア”という存在が鍵ですか?」
「当然だ。あの都市に住まい、彼と共に生きていた“原初の記録保持者”……つまり、過去を再び“起動させるトリガー”だ」
「では、破壊すべきですか?」
「違う。彼女は“誘導体”だ。放っておけば、“彼”は自らの正体に目覚め、我々の手から逃れる」
会長は立ち上がる。
「今夜、“再起動”を阻止する。――この“日常”ごと、な」
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Scene:アナスタシアとカケル ― 放課後の屋上
「……君に、聞きたいことがあるんだ」
屋上に現れたアナスタシアは、まっすぐにカケルを見つめていた。
「最近、夢に出てくる少女の名前……“ルミア”って言った?」
「うん。なんで知ってるの?」
「……私はかつて、その名前を記録で見た。消滅した幻界都市“ルクスティナ”に住んでいた、観測官の名だと」
「……やっぱり、俺は“そこにいた”のかな?」
アナスタシアは小さく頷いた。
「その可能性が高いわ。あなたがこの世界に来る前、あるいは――この世界が、あなたのために“作られる前”」
カケルの顔に、はじめて“自分の理解が追いつかない”という表情が浮かぶ。
「でも、俺、思い出すのが怖い。思い出したら……この日常が消えちゃいそうで」
アナスタシアはその言葉に一瞬だけ目を見開いたが、すぐに、そっと言葉を返した。
「――私は、あなたがどんな過去を思い出しても、そばにいるわ」
「ありがとう」
風が吹き、夕焼けがふたりの影を長く伸ばしていた。
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Scene:夜 ― ルミアの影と深界連合
闇に包まれた夢の中、カケルは再び立っていた。
星のない空。崩れかけた都市。崩壊と再構成が交差する場所。
そこに、ルミアの姿があった。
「あなたは、まだ“自分”を知らない。けれど、もうすぐ選ばなきゃいけない」
「何を?」
「この世界を“守る”のか、“壊す”のか。――それとも、“戻る”のか」
「……戻る?」
そのとき、空が裂けた。
裂け目から現れたのは、異界の兵たち。深界連合の尖兵たちだった。
剣を持ち、槍を掲げ、“世界そのものを書き換える”意志を放っている。
ルミアが叫ぶ。
「目を覚まして、カケル! この世界が、壊される!」
カケルが声を上げる直前、世界が弾け、目覚めの時が訪れた。
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Scene:早朝 ― 校舎裏
カケルは額から汗を流しながら、早朝の校舎裏にいた。
夢は、もう夢じゃない。
記憶が混じり、警告のように響くルミアの声が耳から離れない。
そこへ現れたのは、クラウ・リヴィエール。
「……なにか、起きてるな。隠さなくても分かる」
カケルは小さく笑った。
「ごめん。でもまだ、俺自身が分かってないんだ」
クラウは黙って、コンビニ袋からプリンを差し出す。
「世界がどうなろうが、お前がそれを望んでないなら、俺は……戦うぞ」
その言葉に、カケルの表情が少しだけ崩れる。
「ありがとう、クラウ」