第5章 【非日常の侵食と、彼の歩幅】
Scene:放課後 ― 校門前
夕暮れ、蝉の声がまだ残る坂道。
校門のそばにカケルが立っていた。右手にはメロンパン、左手には学級新聞の折りたたみ。
「今日の占い、『異世界干渉:最悪』って書いてあるけど、なんだろうね。ま、いっか」
彼は、あまり気にする様子もなくメロンパンを頬張った。
そのときだった。
「おい、キミ。君が《原初の調律者》なのか?」
風を割って、制服の袖を翻しながら、
ひとりの男子生徒が声をかけてきた。
学ランの襟には、“魔王生徒会”の紋章――それも、副会長階級の金刺繍があった。
「……誰?」
「名乗るまでもない。我らは、世界の正しい進化を望む者。君の存在は、“進化”を否定している。即刻、その調律を止めろ」
「……え? 俺、何かしたっけ?」
本当に何の自覚もなく首をかしげるカケルに、
周囲の空気が凍りついた。
副会長が指を弾いた瞬間、周囲の空間が“異界”へと変貌し始めた。
赤黒い空。逆さになった木々。反重力を孕んだ水たまり。
まるでこの世界が、少しずつ“別の法則”へと引きずり込まれていくかのように。
「これが本来の在り方だ。平凡な日常など――幻想に過ぎない!」
それを見ていた生徒たちは、恐怖に逃げ惑い始めた。
だが、その中心でカケルだけは――
「あー……ちょっと、やめといたほうがよくない?」
――ふわりと笑った。
直後、異界の空気が、まるで泡のように“しぼんだ”。
歪みが、音もなく修復されていく。
「……な、なにを……した……?」
「いや、なんか不安定だったし。空、赤いと落ち着かないし」
彼がメロンパンを食べ終えると同時に、世界は“元通り”になっていた。
まるで最初から、何も起こらなかったかのように。
生徒会副会長は一歩退き、歯を食いしばった。
「やはり、君か……。この世界の“理”を、日常に閉じ込めようとする力。君がこの世界の“対抗因子”だというのか……!」
そう言い残して、彼は空間のひびを割って姿を消した。
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Scene:屋上 ― アナスタシア=クローデル
風の中、アナスタシアは測定器を握りしめていた。
「……完全に相殺された」
彼女の目には、先ほどの異界化現象が“なかったことになった”証拠が映っている。
それは、力ではない。
拒絶でも、封印でもない。
――調和。
彼がただ“そうあるべきだ”と認識したものへ、世界が従っただけ。
「この世界を、日常という“かたち”に戻す……」
彼女は空を見上げた。
「でも、それは同時に……世界そのものが、彼に依存していくということ」
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Scene:夜 ― 神代レナの観測記録
記録者:神代レナ
記録No.47【異世界化干渉の加速】
本日、午後17:42、校門付近にて空間変質を確認。
異界系統は“第5環界:アメグリス”。推定干渉者:魔王生徒会副会長。
その全干渉は、対象《調律因子・カケル》により相殺・平滑化。
補足:カケルの周囲では、世界が“日常形式”に書き換えられる現象が確認された。
同時に、《異世界化》を推進する存在が、裏で意図的に仕組んでいる形跡あり。
予測:彼が“意識的に”世界改変を認識した時、真の対立が始まる。
「……その時、我々はどちらに立つべきか」
レナはそう呟いたまま、記録を暗号化し、機密保存領域へ転送した。