表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/13

第4章【揺らぎの中で、静かに動き始めるもの】

Scene:深夜 ― カケルの夢の中


……風の音。

草原の匂い。


だがそれは、地球のそれとはわずかに異なる。風が曲がり、光が滲み、星々が“形”を持って見える。


夜空に浮かぶのは、螺旋と円環で構成された幾何学模様の星たち。

まるで、誰かの計算式の中に空ごと取り込まれているような違和感。


その中で、カケルは立っていた。


そして口に出していた。


「……ルクスティナ」


自分でもなぜこの言葉を知っているのか分からない。

けれど、確信だけがあった。ここは“帰るべき場所”で、懐かしい――そんな場所だ。


「カケル」


名を呼ぶ声。

振り返ると、銀の髪と、深い夜を湛えた瞳の少女が、そこに立っていた。


胸元に下がる“星の石”は、淡く、しかし絶えず脈動している。まるで、時空そのものと共鳴しているように。


「……君は、誰?」


問いながらも、知っている気がした。だが、言葉が浮かばない。


少女はただ、微笑んだ。


「……あなたが、忘れても。わたしは、忘れないよ」


そして、そっと指先でカケルの頬に触れる。


その瞬間――空間が反転する。色が裏返るように、現実の法則がめくれ、別の世界が露わになる。


幻界都市ルクスティナ。

空に浮かぶその都市は、数十層の空間を階層として持ち、魔導と計算によって浮遊を維持していた。


そこには、人工の星、流体状の大地、透明な塔。

非現実が“日常”として存在する世界だった。


そしてカケルは、その世界の中心で、少女と共に暮らしていた。


「君の名前は……」


ようやく言葉に出しかけたとき、世界が解けはじめる。

夢は現実へと引き戻され、少女の声だけが最後に残る。


「……わたしは、ルミア」



Scene:朝 ― カケルの部屋(現代)


カケルは静かに目を開けた。

天井の染み、カーテンの隙間から差し込む朝日、アラームの電子音。


“いつもの朝”だ。

だが、その感覚は一枚の写真で崩される。


ベッド脇の棚に、見覚えのない写真が立てかけられていた。


そこには、夢の中で出会った少女――ルミアが、微笑んでいた。

風に揺れる銀髪、首元の星の石。どれも、あまりに鮮明で現実的すぎる。


「……まさか」


震える指先で裏面を返す。

そこには、丁寧な手書きの文字があった。


「きっと、君が世界を守ってくれるって信じてる」


カケルは言葉を失った。

夢と現実の境界が、確かに曖昧になりはじめている。


(……誰なんだ、俺)


そんな言葉が、初めて彼の胸の奥に生まれた。



Scene:アナスタシアとレナの対話


アナスタシア=クローデルは、神代レナの研究所に降りていた。

白い光と数百の魔導式が走る中、レナは無表情に立っていた。


「彼は“原初構成因子”。存在そのものが、空間と法則を調律する要」


レナの声は、感情の起伏を持たない。まるで記録装置が喋っているかのようだった。


「無自覚のまま、周囲の非日常を“日常”に変換していく。それは結果として、空間の歪みと均衡を生むが……」


「いずれ、それが破綻を呼ぶ?」


「はい。今は彼が“調律対象を選ばずに済んでいる”だけにすぎません」


アナスタシアは目を伏せた。


「……でも私は、彼を信じたい。“あの感覚”を、否定したくない」


レナは静かに頷いた。


「それが、あなたの“誤差因子”です。観測記録に追記しておきます」


そして、空間に投影されたもうひとつのグラフが動く。


「問題は、外部因子。“深界連合”の端末存在が、この学園に浸透しています」


「……魔王生徒会?」


「ええ。彼らは、世界の“異世界化”を目指している。人類の進化という名のもとに」


アナスタシアの手が、無意識に拳を握っていた。


「だったら私は……その対極に立つ。“普通のままで在りたい”と願う側に」


「その選択を観測します」



Scene:放課後 ― カケルとクラウ


夕暮れの中庭。

クラウ・リヴィエールは自販機で買ったプリンをカケルに渡す。


「疲れてるな、お前。寝不足か?」


「夢を見たんだ」


カケルは、いつものように気だるげな調子で言った。


「空に浮かぶ町で、銀髪の女の子と……普通に暮らしてた。なんか、楽しかった」


クラウの手が、一瞬止まる。

そして、思い出す。自分の世界が崩れ落ちる前、空に浮かぶ都市――そこにいた、少年の姿。


(まさか……)


だが、言わない。

それを言えば、日常が壊れる気がした。


「お前さ、自分のこと“普通”って思ってる?」


「そりゃもう。俺、どこにでもいる“日常男子”だし?」


カケルの軽口に、クラウは無言のまま、空を見上げる。

日常と非日常の境界が、もうすぐ“彼”を中心に歪み始める――その予感が、確かにあった。



その夜、カケルはもう一度写真を見つめた。

微笑む少女と、そこに確かに存在した“記憶の名残”。


その名前が、今でははっきりと胸の奥で響いていた。


「……ルミア」


そして、彼の中で眠るものが、ほんの僅かに動き出す。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ