第3章 挿話【勇者だった少年】
短めですがちょっとクラウの過去話、置いときますね
夜。
カケルの部屋。窓の外では光の柱が遠くに立っているが、室内はカップ麺の湯気で満たされていた。
「味噌ラーメン派かと思ったけど、意外と塩いくタイプなんだな」
「黙って食わせろ。……こういうの、異世界にはなかったからな」
アナスタシアはソファで魔道書を読んでおり、トコトコはこたつの中でくるまっていた。
テレビではくだらない深夜バラエティが流れている。
ふと、クラウが窓の外を見て、呟いた。
「……あの空の裂け目。ああいうのを、俺はずっと“塞ぐ側”だった」
「……昔話?」
クラウは頷く。
そして、静かに語り始めた。
⸻
――その世界の名は〈セリア=アルダ〉。
魔力が空気に溶け、人が剣を振るい、
空を竜が飛び、塔が天を貫いていた世界。
クラウは、“選ばれた勇者”だった。
“炎の王都”が滅びた日、彼は仲間たちと共に魔王の軍に立ち向かった。
蒼銀の剣を振るい、雷の魔導士と背中を預け、
かつての兄弟子である裏切りの騎士と剣を交えた。
戦いは壮絶で、美しかった。
英雄譚そのものだった。
だが――
「“世界”が俺を、物語から外した」
魔王との最終決戦の前夜。
“裂け目”が空に現れ、彼はそこに“吸い込まれた”。
誰の魔法でも、何者の仕業でもなかった。
「まるで、“舞台が変わるように”……俺だけが、こっちの世界に弾き出されたんだ」
⸻
気づけば、見知らぬ街の屋上にいた。
車が走り、空に電線が張られ、プリンがコンビニで売られている世界。
魔王の討伐も、仲間たちのその後も、
全ては“置いてきた”ことになった。
「俺はあの世界で、必要じゃなくなったんだよ。
まるで、“勇者の役目”を勝手に終わらされたような」
「それでも俺は、この世界でカケルに出会った」
「“異常”の震源地。けど、どこまでも“普通”で。どこまでも“ズレてて”」
「……なんでかわからないが、アイツといると、“こっちでも物語が始まる気がする”んだ」
⸻
そのとき、こたつの中からトコトコがムクリと顔を出し、それを横目にカケルがクラウへカップ麺を差し出してきた。
「おかわりあるけど、いく?」
「…………もらっとく」
麺をすする音が、夜の静けさにやけに馴染んだ。
⸻
テレビではまた、バラエティ番組がアホみたいなテンションで終わりを迎えていた。
ナレーション:「というわけで今週のランキングNo.1は、“突然空から落ちてきた美少女”でした~!」
「だからだれだよ…」
カケルが呟きクラウは無言でカップ麺を啜る。
空の裂け目が今日も微かに揺れていることを、誰よりも静かに見ていた。