番外編【還る者たち】
Scene:放課後の校舎裏――春の風
校舎の裏庭、桜の花びらが舞っていた。
その静けさの中に、ふたりの姿があった。
クラウ・レーヴェルとアナスタシア=クローデル。
どちらも、異世界からこの地へと“来てしまった”者たちだった。
「……ここも、静かになったな」
クラウは手にしていた小さなコンパス型の装置を弄びながら呟く。
「世界が“調律”されたんだもの。異世界の欠片も、ほとんど消えてしまったわ」
アナスタシアが、眼鏡越しに空を見上げる。
そこには、もう裂け目も、魔導の痕跡もない。
ただ、青空と白い雲だけが穏やかに流れていた。
「これ以上、ここにいる意味はあるか?」
「……それでも、帰る場所があるとは限らないわよ」
クラウは肩をすくめる。
「だが、元の世界〈セリア=アルダ〉がまだ存在しているなら、俺は帰るべきだ。
……魔王との決着も、仲間たちとの約束も、まだ果たしちゃいない」
その言葉には、揺るぎがなかった。
勇者としての誇りと未練が、確かにそこにあった。
「……彼が、すべてを正した世界で、私たちだけが“ここに留まる”理由も……もう、ないのかもしれないわね」
アナスタシアもまた、どこか遠い目をしていた。
彼女は“観測者”だった。あらゆる世界の因果と構造を記録し、理解することが己の存在意義だった。
「でも、私たちがここにいた“記憶”は……確かに残ってる。忘れられても、消えないわ」
クラウはふっと笑う。
「そうだな。……“あいつ”が最後に残してくれた“日常”だ」
⸻
Scene:神代レナの研究室
「次元遷移門は、あと72時間以内に閉じるわ。それを逃せば、もう帰還は不可能」
神代レナが静かに告げると、クラウとアナスタシアは小さく頷いた。
「東雲ユイには?」
「……伝えなくていい。あいつが、泣くのが目に見えてるからな」
クラウが軽く笑って言うと、レナはわずかに目を伏せた。
「“観測は終了した”。私もこれで、ただの人間に戻るのかもしれない」
「それも、カケルが望んだ結末のひとつでしょうね」
アナスタシアは、研究机の上に一枚の写真をそっと置いた。
それは、かつて誰かが笑っていた放課後の風景。
顔はぼやけて、名前も思い出せないけれど、確かに“その人”がそこにいたという、証拠のような一枚。
⸻
Scene:別れの朝
校舎裏に、再び立ったクラウとアナスタシア。
彼らの前には、薄くゆらめく“門”が開かれていた。
それは、星の石の断片を用いた装置によって、一時的に開いた異世界への帰還口。
「行くのか?」
「ええ。でも……また来られる気もするわ。彼が残してくれた“構造”の名残が、どこかにある気がして」
「それは……便利な言い訳だな」
クラウが笑い、アナスタシアも笑った。
「……ありがとう。ここでの日々を、私は忘れない」
クラウは頷くと、ふいに空を見上げた。
青い空。雲の向こうに、誰かが手を振っているような気がした。
「おい、カケル。お前の望んだ“日常”は、ちゃんと守ったからな」
そう言って、彼は一歩を踏み出した。
その先は、かつて彼がいた場所。
剣と魔法と、英雄譚が息づく世界〈セリア=アルダ〉。
アナスタシアもまた、静かにそのあとを追う。
そして、門が閉じられると、春の風が花びらを巻き上げた。
──日常は、今日も変わらず続いている。
けれど、空の下のどこかで、きっと彼らは戦っている。
誰かが守ったこの世界の中で、彼らは確かに“生きて”いる。
Fin.
これにてこの物語は終了です。
小説にしてはお粗末な、小説風プロットで本筋のみの駆け足な執筆でしたが、予想より沢山の人に読んでいただけてとても励みになりました。
機会があれば、少し寄り道もする小説に書き直せたらなとおもっております。
(バイト風景、プリン事変、異世界化での面白事件等々。
コメディ寄りの話は考えていました…)
とりあえず、完結を目標とした小説で、無事完結まで行きつけほっとしております。
ここまでのご愛読、ありがとうございました。
現在、連載中の小説です。
良ければ寄り道して頂けたらと思います。
こちらは長編になる、予定…?
https://ncode.syosetu.com/n5127kv/