09 洞窟
「……地図でユンカナン王国にある、鍾乳洞の洞窟を確認しました。十個あるうち、竜が入れそうは広さを持つものは、三つ……そして、迷えそうなくらい長いものというと、ここになると思います」
大きな地図の中にあるユンカナン王国南の山奥にある、エクスキー洞窟を指差した。ここならば巨体を持つ竜でも入れてしまうし、なんなら迷えそうなくらい長い。
「ほう。ノルドリアから、かなり距離のある場所だ……だから、これまでに何処に居るかも、竜喚び聖女たちにもわからなかったんだな……」
そこに顎に手を置いて話し出したのは、ジェイドさんが所属する王城に居を構えるミレハント竜騎士団団長である、ヘルムート・ガルドナーさん。
何故ジェイドさんの部屋に呼んだかというと、竜を探しに行くにも何日か竜騎士団を留守にすることになるし、彼の許可なしには私たち二人は動けない。
だから、居場所がわかった今、ガルドナー団長には急用があると伝え来て貰ったのだ。
このガルドナー団長。茶色の短髪に黒い目を持つ男性で、とても優秀な竜騎士として知られている。
垂れ目で悪そうでありつつ整っているという不思議なバランスのお顔を持って居るけれど、それは外見上のことであって、仕事振りは意外と真面目で堅実にこなすらしい。
いかにも女を騙していそうだけど、だいたいは騙されているらしい。これも、先輩聖女情報。つまり、見た目通りの危険な男ではないらしい。
「そうです。ですが、今回私とロンバルディさんの接触面を増やすことによって、これまでにわからなかった部分を増やすことが出来ました」
「二人の接触面を増やすぅ~? 二人でどんなことをやったんだ。ジェイド」
「それは、守秘義務で言えません……」
俄然、色めきだった様子のガルドナー団長に、ジェイドさんは冷たく返した。
ジェイドさん、下ネタ嫌いだもんね……これは、絶対に誰にも言わないわ。疑ってもなかったけれど、安心した。
「居る場所は絞れたんですが、移動手段に困っています。長距離になりますし……その際にジェイドさんが乗れる竜も、今は居ません」
私は悲しげな表情を浮かべて、背の高いガルドナー団長を見つめた。
流石、若くして団長になるくらいに優秀な彼は、自分が何故呼ばれてここで何を望まれているかを、すぐに察したらしい。
「そうか。ならば、俺の竜に乗って行けば良い。ジェイドの言うことを聞くように、お願いしておくから」
「それは……」
「ありがとうございます! さっすが、ガルドナー団長。太っ腹~!」
迷惑を掛けられないと言うはずだったらしいジェイドさんは、私が先に喜びの声をあげたので、何も言えなくなっていた。
言いたいことはわかります。けれど、私たちには移動手段がないんです! こちらのガルドナー団長に借りるのが一番早いんです!
「いやいや、良いんだ。俺もジェイドの竜のことは、気になっていたからな。それにしても、居場所が割れたら迎えに行けば良いだけだ! 早く迎えに行ってやれ!」
「もちろんです! 早ければ、早いほうが良いですもんね~!」
「は……はい」
私はにこにこ微笑み、ジェイドさんに余計なことは言い出さないように静かに圧を掛けた。
ここで要らない遠慮なんて、絶対にしないでくださいよ……大事なことなんですからね。
「ガルドナー団長の竜にちゃんと言い聞かせておくと、ジェイドさんの命令も聞いてくれるものなのですか……?」
私は教会が運営する聖女学校を卒業して後、ずーっと竜喚び聖女をやっていたけれど、あまり竜の生態について知らない。
誇ることでもないけれど、聖女を辞めた過ぎて、教皇を追いかけ回すことに時間を使いすぎていて、他がおろそかになってしまっていた。
「ああ。竜位が低いとあまり言うことを聞いてくれないんだが、竜位が高い竜だと忠誠心も比例して高くなる。だから、俺が『ジェイドの言うことを聞くように』と命令しておけば、それは従ってくれるはずだ」
「はーっ……凄いですね。ガルドナー団長って、凄いんですね」
「いやいや、そうでもないが……」
ガルドナー団長。女好きのへたれという噂に違わず、私が褒めればデレデレとしている。なるほど……こんな感じなのね。先輩聖女たちの情報に、間違いはないわ。
「そんな団長の竜を借りられて、私たちは幸運でした。ありがとうございます!」
これは、彼を騙すつもりもなく、嘘偽りのない気持ちだ。私が指を組んで彼を見上げればガルドナー団長は頭を掻きながら、私に言った。
「なあ。ラヴィ二ア。今夜、良かったら食事でも……」
「あ。すみません。私。宗教上の問題で、竜騎士とは食事行かないことにしてるんで」
私が片手を挙げてサラッと断ったら、ガルドナー団長は、はあっと仕方なさそうに息を大きくついた。
「だよなー……俺の知る限り、ミレハント竜騎士団、全員、振られているもんな。いやいや、言ってみただけだから……ジェイド。良かったな。探しに行って何かあれば、すぐに連絡をくれよ」
「……わかりました」
ガルドナー団長は部屋を出て行って、部屋には私とジェイドさんが残された。
あ、地図を片付けないと……これは、図書館から借りた地図なので、出発前には地図屋へ寄って、新しい地図を手に入れなければ……物騒なことだけれど、街がなくなったりもするのだ。
「ジェイドさん。私、城下町に買いだしに行きますけど、何か欲しい物あります……? 明日の朝、出発となると、かなり急ぎになってしまいますが……」
「ラヴィ二ア」
呼ばれたので顔を上げると、ジェイドさんの顔は深刻そうに歪んでいた。自分の竜が洞窟の中で弱っているかもしれないのだ。それは……そうなってしまうだろう。
「何でしょう……?」
「ここで、食事に誘われて居るのか?」
あまりに予想とは違い、一瞬だけ、ジェイドさんの言葉を理解出来なかった私は、時間をかけて咀嚼して彼が何を言いたいかを察した。
あ。さっきのガルドナー団長との食事の一件ですね……あんまり深刻そうだったから、竜のことかと!
「そうです。けれど、着任早々の聖女には良くある話なので、気にしないでください。私たちも慣れています」
「そうなのか……?」
私がサラッと返せば、ジェイドさんは驚いた表情を浮かべていた。
彼は竜騎士となってすぐに竜に来て貰えず、他の竜騎士団に行ったことがないだろうから、こういう反応も仕方ないかもしれない。
「竜騎士の皆さんは、身近な異性というと竜喚び聖女になりますし、それに、竜喚び聖女が伴侶であれば、色々と便利じゃないですか。私だって別に私だからモテているわけではないと理解しております」
竜喚びが出来る妻が居れば、わざわざ竜騎士団に属する聖女にお願いしなくて良いのだ。あまり良くはないけれど、私的に喚ぶことだって出来る。
「……そういうわけでもないと思うが」
真面目そうなジェイドさんは役に立つからという理由で伴侶を選ぶことはないだろうけれど、そういう男性も居るということだ。
私は肩を竦めて、ぺこりとお辞儀をした。
「ジェイドさん。明日から数日、よろしくお願いします。出来るだけ……私も、協力しますから」
「ああ。ありがとう」
ジェイドさんの目には、これまでになかった希望の光が見えていた。
竜に嫌われているかもしれないと、悩み苦しんでいたのだから、そうでないとわかった今はようやく心の重荷を少し下ろせたのかもしれない。