07 仕事中
私が夕食を取りに城の食堂へ行くと、ジェイドさんが珍しく一人で食事をしていた。
ここでは王城に働く面々が食事時に集うため、広い広い食堂には数え切れないほどの机と椅子が整列して置かれている。
いくつかの『本日の定食』の中からトレイを取り、自由に腰掛けて食事を取るのだ。
隅でポツンと一人で食事をする彼の姿は、なんとも悲愴的に見えた。いつもは仲間と食事を取っているのに、今日はなんだか近付きがたい空気を纏っている。
実はミレハント竜騎士団の面々が竜に来て貰えない竜騎士を全員バカにしているかというと、それはそうではない。
ジェイドさんには同情的に接する人も居るし、元々仲の良い人だって何人か居るようだ。
これまでに日頃の行いが悪い人であれば、これ幸いに手のひらを返して精神的に追い詰められていただろうに、そこにはジェイドさんの持つ人間性を表れているのだろう。
「……こんばんはっ。ジェイドさん」
私はなるべく、明るく声を掛けた。
だって、ここでこれからのことを想像して恥ずかしがっていては、何か下心がありそうでない……考えすぎかも知れないけど。
「ああ。ラヴィ二ア。こんばんは」
ああ。整った顔に浮かぶ笑顔が、ぎこちないよ~! 無理もないけど。
それに、ジェイドさんは一応食事は取っているものの、まったく食は進んでいないようだ。お腹がすいているはずの訓練終わりの男性なのに、これは絶対に異常事態が起こっている。
「あの……もしかして、何か、あったんですか? もし、そうなら、日にちを改めましょう」
私だって着替えを含め色々と準備して来た分、延期になれば残念に思ってしまうものの、ご本人が精神的に参っている時に無理をさせてしまうのは良くない。
そんな私の言葉に、ジェイドさんは首を横に振った。
「いや、すまない。こんなことを言えば、情けないんだが……」
「え……? 何か気がかりなことでも……?」
一瞬、先ほど私に会いに来たらしい、ナタリアさんの顔が浮かんだ。もしかしたら、偶然帰りに彼に会ってしまったのかもしれない。
「俺は……何かの理由で、竜にひどく嫌われているかもしれない。それを目の当たりにすることは、つらい。ラヴィ二アに喚んでもらって、来てくれるなら良いと思うが……」
ああ……そうか。私が可能性が高い方法を試してみようと言ったから、ジェイドさんは竜を喚べる可能性が高いと思ってくれている。
だから、これまでに『来てくれなかった理由』を、目の当たりにして知るのが怖いんだ……。
「もー! いっそのこと、こっちから振られにいきましょうよ! そうしたら、きっぱりと諦めもつきます。ジェイドさんも、未練たらたらで待ち続けるよりも、幸せになれる次の恋をすれば良いじゃないですか!」
「いや、竜の契約は生きて居る限りは続く。君も知っているだろう」
竜が亡くなれば、ジェイドさんは違う竜を見付けに行けに行ける……けれど、ずっと待ち続けている彼が、それを望むわけもなくて……。
「確かに、知ってはいますけど……キッパリ振られてから、旅に出てその竜よりも強い竜を見付ければ良いではないですか。契約の更新は竜位が上であれば、認められているんですから」
話を聞いたところ、ジェイドさんが一匹だけ契約している竜は相当竜位が高いらしい。
けれど、上には上が居るものだ。竜騎士は竜に遭遇することが出来れば、契約を持ちかけることが出来る。
意志固くここまで待ち続けられるジェイドさんならば、旅に出てでも根気よく次の竜を探し出すことだって可能なはず。
こんなことを言ってしまうと身も蓋もないけれど、人の男女と同じように、この世界に竜なんて星の数ほど存在するのだから。
「いや……ああ。そうだな。君の言う通りだ」
ジェイドさんは私の発言に苦笑いをして、大きく頷くと同意してくれた。私が食べて食べてとはやし立てると、なんとか定食を完食してくれてホッとした。良かった。
なんだか、ジェイドさんは……本当に辛そうだ。
誰しも自分を拒否している誰かの気持ちを、直視することは怖い。これまで何度喚びかけても、竜は応えてくれることはなかったのだから。
けれど、彼がこのままでは一歩も踏み出せないと思っているのなら、やっぱりどうにかして会うべきだと思う。
どうしてか……来てくれない、彼の竜に。
◇◆◇
そして、夕食の後、私はそのまま竜騎士寮にあるジェイドさんの部屋を訪れた。
ちなみに聖女と竜騎士の恋は国より奨励されているので、特に何も問いただされることもなく、すんなりと入室することが出来た。
「……ラヴィ二ア。君には負担を掛けることになるが、すまない」
「いいえ……! 私たちの目的は一致しておりますので、何の問題もありません!」
ジェイドさんの目的は『何度喚んでも来てくれない竜を喚ぶこと』、私の目的は『ジェイドさんの竜を喚んで聖女を辞めること』なので、ここに居る二人の利害は完全に一致している。
「ありがとう……」
ジェイドさんはそう呟くと、おもむろに上半身の服を脱いだ。私は顔に当てた両手の指の隙間から、とても見事な肉体美を目にしていた。
ジェイドさんったら、着痩せするタイプだった! 服を脱げばそこには、鍛え抜かれた筋肉があった。
少しでも接触面を増やしたいと言った意図を理解しての行動だと思うけれど、下着のみの姿で机の上に置いてあった黒い紐を私へと渡した。
「あ……」
「これで、俺の両手を縛り、跪くから目隠しをしてくれないか」
そう言われて手の中を見ると、そこには黒い紐と目が隠れる程度の幅広の黒い布が!
「めっ……目隠しもするんですか?」
「そうだ。欲望に駆られて、君を見てしまわないとは言えない」
「わっ……わかりました!」
しごく真面目な表情を浮かべたジェイドさんに、私はこくこくと何度か頷いた。
こ、これって! 軽い気持ちで揶揄えるような、そんな話でもないよ!
どっちにしてもこれをやるしかないけど、安全に終わらせるために、いろいろと考えてくれた結果! 私はすぐ近くにある彫像のような肉体を前に、胸を高鳴らせたまま、彼が差し出す手首を紐で縛った。
「もっと、固く結んで」
「けど……それでは、解けにくくなります」
ちゃんと蝶々結びの次にかた結びまで終えているのに、ジェイドさんから、もっと固くしろと言われて私は戸惑った。
「縄は切れば良いから、大丈夫だ。しっかり結んでくれ。よろしく頼む」
「はい!」
私はジェイドさんの手首を彼の希望通り簡単には解けないくらいに固く縛り、続いて跪いた彼の目に布を巻き付けた。
半裸の男性が跪き目隠しをされていて、なんとも背徳感を覚えるこの視覚効果。止めてやめて。みだらな絡みなんて、想像させないで。
これは、職務上必要なことで、二人とも目的に向けての仕事の内よ!
「あの……だ、大丈夫です?」
おそるおそる尋ねると、自らの希望で両手の自由と視覚を封じたジェイドさんは大きく頷いた。
「大丈夫だ。ラヴィ二ア。このままで待って居るから、君はゆっくりしてくれて良い」
……そうだった! 私だって服を脱がないと、何も始まらない……私は慌てて胸にあったリボンを解き、彼と同じ下着姿になった。
震える手を逆の手で握りしめて、落ち着かせる……接触範囲をこれで、増やすことが出来る。
ジェイドさんの竜が何処に居るか、私の持つ天啓で彼の中にある契約から探ることが出来るはずよ。