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04 元婚約者

「ジェイドさんって、ダンスお上手ですね」


 私は素直に、そう思った。


 ジェイドさんの場合、身のこなしも気品があり優雅で運動神経が良いこともあるけれど、相手側、つまり私に負担を掛けないように踊ってくれる。


 自分ではなく女性側主導で動きやすく、それで居て、正確な足取り(ステップ)を踏むのだ。


 持って生まれた運動能力やリズム感などもあると思うけれど、相手側を気遣う彼の気持ちも、そこには多大に貢献している。


「……俺は貴族出身だから。次男だし伯爵となる兄の予備(スペア)として育てられた。家督を継ぐわけでもなく騎士として身を立てていくことは仕方なかったんだが、跡継ぎの兄の予備である以上は、俺は同じように育てられたから」


 ジェイドさんが口にした通り、もし血統を重んじる貴族の当主へ嫁ぐならば、二人以上の男の子を産み育てることを求められる。


 ちなみに、継承権を持つ男の子でも三男以下は、適当に育てられることが多いらしい。兄二人が続いてどうにかなってしまうなんて、そうそうありえることではないものね。


 彼は次男で跡継ぎの予備(スペア)なので、それなりに厳しく教育を受け礼儀作法なども躾けられたことは、想像に(かた)くない。


「え! そうなんですか。ジェイドさん竜騎士でなかったら、私、是非結婚したかったです……」


 実は私の実家であるアスティ公爵家には、子どもが私一人だけ。


 彼の経歴など聞けば、私と結婚して公爵位を継いでいただくのに、丁度良い……丁度良すぎて、なんだかびっくりしちゃう。


 私が両親が結婚してすぐに生まれ、父がまだ若く健在なのだけれど、爵位の後継者については私が天啓持ちで幼くして教会に行ってから、度々親族で問題になってしまっているらしい。


 ……それもあって、早く普通の貴族令嬢に戻りたい。私が行動制限のある聖女でなくなれば、父も安心するだろうし。


「君は本当に、面白い人だな……残念だが、俺は竜騎士であることは、何があっても辞めるつもりはないよ」


 苦笑いをするジェイドさん。これまでにどんなに辛い状況下にあっても、彼はそれを選ばなかったのだから、生半可な理由で辞めることはないだろう。


「……ですよね。すっごく残念ですけど、諦めることにします」


 私が肩を竦めた時、ジェイドさんの目が見開いた。


 なっ……なになになに!? 私がジェイドさんとの結婚を諦めることが、彼にそんなにまで強い衝撃与えてしまったの?


「ジェイド……?」


 今まで聞いたことのない可憐な声が背中側から聞こえて、私は慌てて振り返った。


「ナタリア……久しぶりだ」


 そこに居たのは、ジェイドさんと同じ色……金髪碧眼の大人っぽい美女だった。


 あ。この人を見てジェイドさんは驚いていたんだ。一瞬だったけれど、すっごい勘違いしてた。恥ずかしいー!


 どうにかして彼女の外見に文句を付けようと思うならば、胸が若干平均より小さそうというところしか、私には見付けられなかった。美しいは罪よ。


「どうして。貴方……」


 声を震わせる美女。彼女もジェイドさんと同じように、驚きを隠せずに目を見開いていた。


 ジェイドさんが驚いている理由、ナタリアさんが驚いている理由。言葉もなくここで見つめ合う理由。それは、婚約解消したはずの二人が、ここで再会したからなのね。


 ……この女性が、ジェイドさんを捨てたという、その人なんだ。


「ナタリア。俺は竜騎士を辞めていない。これは、職務上の理由で同僚と夜会に来ている」


 ええ……その通りなのですけれどね。


 なんだか、浮気のような現場を見られてしまったけれど『仕事上の相手なんだ』という言いわけを聞いているようで、私は面白くないですね。


 それは、事実そのままで、その通りなんですけれども。


「そう。そうよね。貴方は、一度決めたことは、曲げない人だもの……」


「ナタリア……」


「もう謝らないでちょうだい。ジェイド。私……もうすぐ、他の人と婚約するの。貴方とのことは、もうはっきりと振り切ったの」


 毅然としてそう言い放ったナタリアさんは、美しいカーテシ-を披露して私たちの元から去って行った。


 向かった先に居た背の高い紳士が彼女に話し掛けたようなので、きっとあれが、もうすぐナタリアさんと婚約する予定という男性だろう。


 ……その時、隣に居たジェイドさんがおもむろに歩き出したので、私は慌てて後を追った。


 ひとけの居ない場所を選んで歩いているのか、彼は夜の庭園へと辿り付いた。今夜は雲もなく、綺麗な三日月が空で輝いていた。


 ジェイドさんは黙ったままで、池のほとりにあるベンチへと腰掛けた。


 私もなりゆきで、とりあえず彼の隣に座った。


 少し落ち着けばジェイドさんも、話し始めるかもしれないという儚い望みを抱いて。


 しかし、うんともすんとも言い出さない。しばらく続く沈黙の中で気詰まりになってしまった私は、なんとか明るく話し出した。


「ほらほら。私の方が良い女ですよ。あの人より、身分だって高いですし! 公爵令嬢ですよ。どうです。それに、この胸の大きさを見てください!」


 私はやぶれかぶれになってこう言った。生まれ持っての身分と、胸の大きさしか彼女から勝っていると思えなかったことがバレバレになってしまったけれど!


 ……だって、隣に居る男の人が、少し前に捨てられた女性に再会し、すんごい落ち込み方をしていることが丸わかりなのだ。身を挺してでも、少し笑ってくれたら良いかなって……そう思って……つらい。


「いや……そうか。ごめん。俺を元気づけようとしたんだな。色々考え事をしていた。悪い」


 私のバカな発言の意図を正確にわかってくれているジェイドさん、ぎこちなくだけど笑顔を浮かべてくれていた。


 やさしー! 良い男ー!


「……そうですけど、元婚約者に既に相手が居れば……誰だって、傷つくと思いますよ」


 既に二人は婚約解消しているのだから、それは彼女の勝手ではある。


 けれど、彼らの場合は私が見る限りだけれど、嫌いで別れたということでもなさそうだった。


「俺は彼女の望むことが、してあげられなかった。もうこれ以上は、竜騎士であることを諦めてくれと言われても、どうしても出来なかった。ナタリアのせいではない。彼女が幸せになるのなら、それは喜ぶべきだとも思う」


「それでは、ジェイドさんのせいです……?」


 今も二人が一緒に居られなかった理由は、すべてジェイドさんの責任になってしまうのだろうか。


「そうだ。俺が竜騎士であることを諦められれば……彼女だって、今も傍に居ただろう」


「……そうですか」


 なんて言えば良いか、わからなかった。


 ふと気が付けば……夜風が冷たい。


 それからなんとなく、次の話題が出しにくくて、私は黙ったままでジェイドさんと同じように空を見上げた。


 こんな夜更けに、城の庭園で男女二人で居るってことは、あはんうふんあんなことやそんなことをしていると思われてしかるべきなのに、私たち二人ったら黙ったままで綺麗な三日月を見上げているのよ。


 いえいえ。別に……ジェイドさんと、そういう関係になりたいなんて……思ってな……うん。


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