26 満月
「すごく綺麗だ。ラヴィ二ア」
今夜開催される夜会に行くために自室まで迎えに来てくれた正装姿のジェイドさんに褒められて、久しぶりに夜会ドレスを着た私は、柄にもなく照れてしまった。
「あ……ありがとうございます」
実は先日ジェイドさんが宝飾店で購入した宝石には、私が今身につけているものも含まれていた。
ジェイドさんから今夜開催の夜会に誘われて、当日……つまり、本日の昼に宝飾品と共にドレスも届けられた。なんて、手回しが良いの……仕事が出来るって、こういうことなの?
私用にと首飾りに腕輪に指輪にと、一揃いの宝石に髪飾りまで受注で造っていただき、今私はそれらを身につけていた。
思ってもいなかった贈り物に嬉しすぎて、なんだか胸が一杯になる。
もうっ……! もう、ジェイドさんったら、良い男なんだから~! しかも、私が貴族令嬢として夜会に出たいって言っていた話だって、ちゃんと覚えてくれてるんだから~!
もう、ほんとうに好き!!
「そろそろ、行こうか」
ジェイドさんがそう言ったので、近寄った私は背の高い彼の腕に手をまわした。
ふと見上げると、窓から見える空には綺麗な月があった。ついこの前に、彼と一緒に居た時に見た三日月とは違う、満ち足りた満月だった。
ああ……あの時の私。
どう考えてもこの人に恋に落ちるのに、その流れに抗おうとするなんて土台無理な話だったんだわ。
「……ゲイボルグには、どんな宝石をあげたんですか?」
おそらくは私が今身につけている青い宝石で何かを造ったのだと思うけれど、あの子竜が今どんなものを貰ったのか気になった。
「ああ。今の小さな身体に合わせて、同じ青い宝石の首輪を造ってもらった。あれであれば、常に身につけておけるから、嬉しそうにしていた」
自分の首にあるキラキラ光る宝石を見て、嬉しそうな子竜ゲイボルグ、可愛い……! 主からの贈り物を、誇らしげにしていそう。
ゲイボルグは日中は私と行動を共にしていることが多いのだけど、夜は部屋へと帰って来たジェイドさんと過ごしているのだ。
「ふふふ。可愛いですね。本当に助けられて、良かったです」
「……ラヴィ二アのおかげだ。たとえ、君に目的があったとしても、俺にあれをしてくれようと思う聖女はきっと君だけだからな」
そうかな……? 正直に言うと、それは時間の問題だったような気もする。
だって、ジェイドさんはたとえ『捨てられた』と周囲から嘲られていても、良い男で優れた竜騎士であることは変わらないし、それは間違いない。
私がそうだと気が付くのが一番早かっただけで……いち早く気が付いて誰かに取られなくて、本当に良かった。
「……ジェイドさんは自分のことが、わかってなさすぎだと思います」
「どういう意味なんだ。それは」
「ジェイドさんは良い男なので、私と同じことを考える聖女も居たと思います」
「いや……ラヴィ二アしか、あれはやらないだろう」
そういう……謙虚な姿勢も好き!
私はヨシュアさんのような、自信たっぷりな態度の悪い男よりも、こういう人が好きなの!
「あ。そういえば、ヨシュアさんって、どうなったんですかね?」
そういえばと思い出して、ジェイドさんに聞いた。
どうやら、ヨシュアさんは未だ生死不明で、見つかっていないらしい。けれど、私は全く心配してなくて、あの人はピンピンしてどこかで生きて居ると思う。
私たち二人が正直にことの次第を話したところ、ユンカナン王国では割と有名な賞金稼ぎだったヨシュアさん、ノルドリア王国では誘拐監禁と城への不法侵入で犯罪者となり、立派な国際的なお尋ね者となった。
何故かというと、誘拐した私が教会所属の聖女で公爵令嬢であること、それに、ミレハント竜騎士団の竜を誘拐したことは許し難いと、各方面がカンカンになって怒っているらしい。
……もちろん、私のお父様も激怒している。
ああ……ここで思い出してしまったけれど、言いにくいことだってジェイドさんには伝えないと、深い関係にはなれない。
どうしても、これは避けては通れないことだし。
「あの……ジェイドさん。私の父へ挨拶に行く話なんですけど……」
「何かあったのか?」
私がおそるおそる切り出した話に、隣を歩くジェイドさんは不思議そうな表情になった。
「実はですね。この前に会った父に結婚したい相手が居ると言ったら、聞いていないと怒ってしまいまして……」
そうなのだ。自分の知らないところで、そんなことになっているなんてと、びっくりするくらい動揺していた。
「……どうしてだ?」
「その、いきなり過ぎたのかもしれません……父があんな激しい反応をすると思わなくて、私も驚きました」
「……一人娘がいきなり結婚すると言えば、父親はそうなってしまうものなのかもしれないな」
それも、母を早くに亡くし父には、家族と言えるのは娘私一人。ああいう過剰反応は、仕方のないことなのかもしれない。
そういう話を聞いてもジェイドさんは、特に気にしない様子だった。良かった。そういう人だとわかっていても、実際の反応を見るまでは不安もあった。
どうしてかと言うと、私は今もうジェイドさんと一生添い遂げたいと思って居るからだ。
「ジェイドさん」
「どうした?」
「これから、色々とあると思うんですけど、私のこと……諦めないでくださいね」
うちのお父様は娘の私も認める、気難しい性格を持っている。説得するために、色々と苦労するかもしれない。
私が背の高い彼を見上げてそう言うと、ジェイドさんは優しく微笑んで立ち止まった。
「……俺は諦めが悪い方だ。それは君が、一番に良く知っていると思うが?」
「ふふふ。確かにそれは、そうでした」
彼は喚んでも喚んでも来ない竜を、一年間も待ち続けていた。もう来てくれないかもしれないのに、それでもずっと来てくれると信じていた。
ジェイドさんは自分で決めた事をやり抜く、どこからどう見てもとても良い男で、私は是非そんな人と将来的に結ばれたい。
彼がそうするとここで言ってくれるのなら、きっとそうしてくれるだろう……だから、私もこれから何があってもジェイドさんを信じていよう。
黙って近付いた私がキスをねだるように彼の首元を持って目を閉じれば、唇に柔らかなものが触れた。
Fin
どうも最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
もし良かったら最後に評価お願い致します。
また、他の作品でもお会い出来たら幸いです。
待鳥




