24 上空
するっと彼の舌は、私の口の中に入り込んだ。深くつながり合う感覚。
そして、不思議なことに、私の『竜喚び』を誰かが共鳴させた。これまでにない説明しがたい……誰かが、私と繋がった……。
「これで、良いんだな?」
「上出来だ。すぐに、ここを離れる」
数秒で離れたジェイドさんが私に言い、そして『私の口』は彼に言葉を返した。もちろん、私はそれが誰であるかわかっていた。
ブリューナグだ……!
ブリューナグ。私のことを操作するために、ジェイドさんを使って繋がりを深めたんだ……竜側から私の天啓を使って竜騎士の契約を共鳴させるなんて、聞いたこともないんだけど!?
「え? ……は?」
ジェイドさんは、何が起こったかわからずに混乱しているヨシュアさんを、話は済んだとばかりに、もう完全に無視することにしたようだ。
「すぐに行こう。ここは、寒いから」
「ゲイボルグ。一旦、元の姿に戻す。何も考えず、上を目指して飛べ」
私の唇は意志に反して、勝手に動く。
そして、ゲイボルグの身体はめきめきと音を鳴らして大きくなり、部屋を壊すまでになると、ジェイドさんは私を抱えて銀色の竜に飛び乗った。
「は? なんだ……これ……!」
呆然としたヨシュアさんの足場は崩れ落ち、咄嗟に引っかかりを掴んだ彼は信じられないといわんばかりの声をあげた。
そんな彼を置き去りにして、私たちは大きな翼の力で空へと舞い上がった。ゲイボルグはブリューナグの指示通りに、上へ上へと青い空を目指して飛ぶ。
一瞬だけ見えたけれど、ヨシュアさんの隠れ家はバラバラと壊れ始めていた。
抜け目のなさそうなあの人だったら逃げられそうだけど、これまでに獲得した物も、色々とため込んでいただろうに……いえ。同情なんて要らなかったわ。
あんな人……全然、可哀想でもなんでないわ!
あんな……自分のドラゴンメイルを完成させたいという、自分勝手な欲求で私とゲイボルグを攫ったんだから、その報いは受けるべきだと思う。
あと誘拐監禁は重罪認定の犯罪行為なので、いずれは逮捕だってされて欲しい。
雲の上まで来ると、ゲイボルグはようやく身体を安定させた。そこには、黒竜ブリューナグの姿も見える。
そっか……あの場所は、気流の乱れで飛べないから、上空で待機してくれていたんだ……。
「ジェイドさんっ……!」
ゲイボルグの首に捕まっていた不安定な状態からちゃんと騎乗して横抱きされて、すぐ後ろに居る彼に私は抱きついた。
は~……これですよ。これですよ。ジェイドさんとの抱擁。
私が心から求めていたものは! これなの!
はーっと満足気な私にジェイドさんは微笑み、背中をぽんぽんと安心させるように叩いた。
「ラヴィ二ア。わかった。君も何か言いたいこともあると思うけれど、とりあえず、城へと帰ろう。ゆっくり話すのは、それからだ」
先導するブリューナグを追って、私たちの乗ったゲイボルグも後に続いた。
「そっ……そうですよね。ごめんなさい。ジェイドさん。けど、あの場所は気流の乱れで飛べないって聞いていましたけど……ゲイボルグ……飛べましたね」
洞窟の中で見た時よりも、かなり回復しているゲイボルグは、綺麗に空を飛んでいた。良かった。鱗が剥がれている部分はまだあるけれど……羽根も綺麗に治っている。
「ああ。あの場所は気流が乱れていて、その上に四方が岩に囲まれているんだ。だから、真っ直ぐ飛行しようと思えば、岩に身体をぶつけてしまう。上空しか空間が、空いてない。だから、真上を目指して飛べば、気流が乱れていても、身体がぶつかることはないんだ」
「あ……そういうことでしたか」
私は大きく頷いた。あの場所に居るゲイボルグが上に飛んだからこそ、安全に抜けられた。
私にとっては、盲点だった。ここからは絶対に逃げられまいと息巻いて自信満々だったヨシュアさんにとっても、それはそうだったかもしれない。
竜や翼ある生き物がどうにか安定して飛行しようとすれば、あの場所は難しいのだ。
けれど、空には障害物がなく、気流の乱れが影響のない上空まで抜けてしまえば、身体をぶつけて怪我をすることもない。
だから、子竜から成竜へと姿を変えたゲイボルグには、ブリューナグから真上に抜けろという指示があったのだ。
「これは、ブリューナグの案だ。少し話す程度なら操作は可能だったんだが、ゲイボルグを成長させるために、あいつとラヴィ二アを繋げるために、俺はあの場所に行く必要があった」
「だから、ジェイドさんは危険を承知で崖を登って来たんですね」
「ああ」
短い一言だったけれど、それがどれだけ困難なことだったか、私は知っている……もうー! 良い男なんだからー!!
ジェイドさんってば、本当に最高の竜騎士だよ!
「ブリューナグとしては、あの男を直接操作したかったそうなのだが……何か強力な守護でも持っているのか、まったく出来なかったそうだ」
「あの人。謎が多かったですもんね……多分、あんな感じでも絶対、助かっていると思いますけど……」
崖の上にある小屋が崩れて、今では生死不明な彼だけど、生きて居そうな気がする……殺しても死ななそうな、すっごく、しぶとそうな人だったし。
「あ……そういえば、ナタリアと久しぶりに話せたよ」
「え!?」
その時、ナタリアさんの名前を聞いて、私の心がざわついてしまった。
だって、元々婚約していた二人は色々と事情があって婚約解消の道を選ぶことになったけれど、嫌い合って別れたわけではないと……知っているから。
前に進むためにジェイドさんのことが知りたいと、そう言っていたけれど、また素敵な元婚約者と話したら好きになってしまったとかは……ないよね?
「ナタリアはラヴィ二アが攫われてしまったと、すぐに知らせてくれたんだ。一旦、城へと帰った時には、自分の元婚約者なのだから、これ以上情けない姿を晒すなと、発破をかけられたよ。お互いに幸せになろうと……」
「ナタリアさん……」
一瞬でもそんな彼女を疑ってしまった私が、なんだか恥ずかしくなってしまった。
しかも、私たちが攫われたあの時、すぐにジェイドさんが追って来てくれていたのは、ナタリアさんが知らせてくれたおかげだった。
ナタリアさんに比べて、人間出来てなさ過ぎて、恥ずかしい……つらい。
「帰ろう。なんだか、最近は色々ありすぎた……何日か休みたい」
「ふふ……そうですね。休暇申請しても良いですね」
さっきまで絶望的な状況に居たけれど、こうして助かることが出来た。けれど、そんなことは、今の私にはどうでも良かった。
関係が変わった今では背中にしがみ付いているわけでもなくて、逆に彼から背中から抱きしめられていた。
……恋する乙女の脳内は、常識なんて通じないし、色々とおかしいと思う。
こうして傍にジェイドさんが居れば、もうなんでも良しという気持ちになってしまうので。
すっごく幸せだけど、どこか怖くもある……だって、これを失ったらどうしようと、幸せを手に入れた瞬間、人は心のどこかで考えてしまうものなのだわ。




