23 約束
なんでも、ゲイボルグを子竜からすぐに成長させる方法を探すとヨシュアさんは忙しく、私とゲイボルグは用意された食事を取るだけの味気ない三日間を過ごしていた。
「はー、ジェイドさん。ジェイドさん……会いたい」
もう少しで!! もう少しで、両思いだったのにー!!
どうしてこういう時の誘拐されてしまう流れなの? 神様ったら、意地悪過ぎる。私の元へ美形竜騎士を返してください。
そうしたら、私たち二人……幸せになるしかないのに。
「キュウ?」
ゲイボルグが不思議そうな鳴き声を出したので、私は彼の小さな頭にポンと手を乗せた。
「大丈夫。貴方の主は、絶対に諦めないわ。今だってどうにかしようと頑張ってくれているはず……必ず来るって言ってたから、大丈夫だよ」
「ラヴィニア……!」
「キュウ!」
唐突に聞こえた声に、私は驚いたし、キュウは嬉しそうに鳴いた。
「ジェイドさん!!」
嘘……夢……? 凄い!
ジェイドさんが窓を叩いて、私の名前を呼んでいる。
ここは高所で崖の上にある場所で……空飛ぶ竜は気流の関係で近付けないって言っていたのに、約束した通りに私たちを助けに来てくれたんだ!
私は慌てて窓へと近付いて、鍵を外して窓を開けた。彼は体勢の不安定さなんて感じさせることなく、窓の中へとするりと入り込んで来た。
「ジェイドさん……! ジェイドさん!」
思わず私は待ちかねて会えた、ジェイドさんの身体に抱きついた。
少ししか離れていなかったのに、長年会えていなかったような……そのくらいの気持ちにまでなってしまっていた。
「無事で良かった」
「あの……ど、どうして、竜は……」
私のあの窓から景色を見て、とんでもない高さにあることを知り、自力で逃げることは早々に諦めた。
そして、気流の関係で飛行は出来ないとヨシュアさんが言っていた通り、飛行するような鳥だって見えない。
「……竜が居なくても、崖くらい上がれる」
胸の中できゅーん! と、何かが飛び跳ねた。
悪い魔法使いに、囚われたお姫様の気分だよ……!
助けてに来てくれた竜騎士が、とんでもなく格好良いので、公爵令嬢の私が王族のお姫様に格上げされても、誰も文句なんて言わないよ!
「あいつに……何もされてない?」
顔を上げると鬼気迫るような表情で聞かれて、私は無言のままでこくこくと何度か頷いた。
「ここに閉じ込められていただけです! あの人はゲイボルグを大きくさせる方法を探すと、ずーっと居なくて……」
「そうか……良かった」
そう言って私のことをぎゅっと抱きしめたので、それに応えるように彼の身体に腕をまわした。
ジェイドさん……ジェイドさん……! 好き……!
溢れるような彼への想いが心の中からこみ上げて、どうにも言語化が難しい。だって、大好き過ぎるもん。ジェイドさん以上に素敵な男性なんて、世界どこ探しても居ないよ!
「ラヴィ二ア。ごめん……ゲイボルグ。来い」
そう言って私を身体の後ろへと庇うと、慌てて移動したゲイボルグはジェイドさんの肩に乗った。なんだか、肩に乗るのが好きなようなのだ。子竜ゲイボルグ。可愛いけど。
「……あっれー! 竜騎士さん、来られたんだ。驚いた。凄いね。竜もなしにどうやって来られたの?」
「崖を登って来た」
ジェイドさんはそう言うと、ヨシュアさんはにっこり微笑んで手を叩いた。
「へー……凄い凄い。そんなことも出来るんだね。竜騎士さん、格好良いね。単独であの高さを崖上りねえ。それって、なかなか出来ることでもないよ」
飄々とした物言いで言葉の内容はジェイドさんのことを褒めているのだけど、そこにはいくつかの皮肉が散りばめられていた。
「ラヴィ二アとゲイボルグは、返してもらう」
ジェイドさんは苛立ちなどは特に見せることなく、淡々とそんな彼に返事をした。
「あのさ。ここが、どこかわかってる?」
「崖の上にある小屋だろ?」
「いやいやいや、俺は竜騎士さんがそのお姉さんと子竜連れて、どうやって逃げるか想像もつかないわ」
「お前には無関係なので、知る必要はないだろう」
「まあねえ。それはそうだよ? けど、気流は乱れて竜も思うように飛べない。無理に飛行すれば、崖に体当たりすることになる。俺は無理だと思うよ。あの崖をお姉さんとその子竜を連れて降りることは、不可能だね。絶対無理だ」
ジェイドさんはちゃんとそこを理解しているのかといわんばかりのヨシュアさんは、呆れたように肩を竦めた。
……私は助けに来てくれたジェイドさんを、信じたいと思う。けれど、この状況は確かにヨシュアさんの言った通りだった。
私たちのように自力で崖を上がれない者を連れて、ジェイドさんはどうやって逃げるつもりなのかと。
「……なあ。賭けをしないか。この絶望的な状況を俺がどうにか出来たら、ゲイボルグのことを諦めると」
ジェイドさんの言葉は、揺るぎない自信に満ちていた。
私は彼の腕をぎゅっと抱きしめた。一瞬でも心配してしまった自分を恥じた。
……大丈夫。この人がそう言ってくれるなら、きっと大丈夫。ここに来ているということは、助ける方法が必ずある。
「は? ……まぁ、それは良いよ。100パーセント、無理だしね」
「男に二言はないな?」
ヨシュアさんはバカにしたようにせせら笑い、ジェイドさんは彼との約束を、もう一度確認するようにして念を押した。
「ない。ないよ。可哀想に。俺がいくら考えたって、到底無理な話。絶望が過ぎて、少しおかしくなっちゃったのかな。まあ、無理もないね」
そこで不意にジェイドさんは私を見つめ、顔を近づけて言った。
「まだ、言えてなかったけど、俺は君が好きだ。ラヴィニア……だから、キスをしてくれる?」
「はあー!?」
素っ頓狂な声をあげたヨシュアさんを完全無視して、私を見つめて近付いた、きらめく青い瞳。
今居る絶望的な状況なんて、まるでどうでも良くなって……まだ、何かを叫んでいるヨシュアさんの言葉なんて、目に入らなくなって……え。凄い。
なんだか、幸せ過ぎて、周囲までキラキラときらめいて見えますけど?
なんとなく、そうなのかも……そうなのかなって思って居たけれど、この人、私のこと好きなんです……? 本当に? 嬉しくて、目眩がしてきた。
こんな状況の中だけどジェイドさんの首に手を掛けて、私は吸い寄せられるように彼の唇に触れた。




