21 捕獲
「……悪いけど、ゲイボルグは当分、子竜の姿のままよ。傷ついた身体を癒やすのためにこうしているの。貴方の目的は、決して果たされることはないわ」
世界でも竜位が高いブリューナグが何をどうしたものか、力を奪われて素材を剥ぎ取られていたゲイボルグを子竜にして、完全に身体が回復する間はそうしていろと言った。
私だってどうなっているのかわからないし、ゲイボルグ本竜はおろかブリューナグほどに竜位の高い竜が、ヨシュアさんの言うことを聞くなんて思えない。
「一度そうなったなら、何かそうなる原因があるだろう? ならば、それと逆をすれば良いんだ。俺には出来ないとは思えないね」
「……随分と自信家だ。嫌いではないな」
口からひとりでに声が出て、私は慌てて口を両手で当てた。
これって……! ブリューナグ? 私の口を操作しているんだ!
「え! 何……? いきなり人変わったみたいになったけど……もしかして、かよわい貴族令嬢みたいに見せといて、強い系女子……? 俺もお姉さんのこと、嫌いじゃないよ。むしろ、元気可愛い感じで好きだな……」
何か変な誤解をして急に上機嫌になったヨシュアさん、私へと片目を瞑ると、ハッと何かに気が付いた表情になった。
それを不思議に思った私もそんな彼の視線を追うと、そこには黒竜ブリューナグ! それに、竜の背にはジェイドさんが乗っていた!
「ジェイドさん!」
そうだ! そういえば、昨日、ブリューナグは近くに控えて居て貰うって言っていたから、聖女が竜喚びしなくても近くに居てくれたんだ。
「……あれ? なんでだろう。竜騎士たちの竜を喚んでの訓練は、昼からって聞いていたのにな~、すぐ動ける竜が居るなんて、なんだか予想外だわ」
両手で白い凧にぶら下がるヨシュアさんは、雄々しい竜にすぐ後ろを付けられて追い掛けられているというのに、全く動じずに余裕の表情だった。
「逃げられないが、どうする? 城への不法侵入と、誘拐の現行犯だ。竜騎士団だって、俺たちを追ってくる」
それほど高度は高くないので、ジェイドさんの声が良く通って聞こえた。
距離が少々離れたとしても、ここにブリューナグが居れば、竜たちはすぐに追ってくれるはずだ。それほどまでに、黒竜の存在は圧倒的過ぎる。
「……ふーん。竜騎士か。竜が居なければ、何も出来ない男が。俺に偉そうに言うな」
「女性と子竜を攫って逃げるような奴に、偉そうも何もないだろう。幼稚な言いわけを聞いてやるから、さっさと地面に降りろよ」
睨み合った二人は決して引かぬよいう態度だし、私はそんな中で息を殺していた。
「ははは。竜騎士と竜なしで直接やり合うのか。やっても良いねえ。俺は別にそれでも、構わないんだが」
「それでは、地面に降りろ。望み通りに、その余裕ぶった顔を地面に付けてやるよ」
「えー! イライラしてたら、肌に良くないよ~! 何がなんでも、俺たちを地面に降ろしたいんだね~、んー、どうしよっかな」
「選択肢は一択だ。他に与えるつもりはない」
「格好良い……聞いた? 痺れちゃうねえ。可愛いお姉さんの前で、格好悪いところを見せることになるけど、大丈夫?」
お二人とも睨み合っての挑発的な物言いですが、ここから何かあって誰かが落ちれば死んでしまうのは……わかっておりますよね?
特に私とゲイボルグなんて、網に入っているんだから、喧嘩したいのなら、地面に降りてからゆっくりとやってくださいません……?
身体中を覆う網を掴みながら、私はハラハラしながら、二人のやりとりを見守っていた。
「キュウ」
ゲイボルグが私に向かって遠慮がちに鳴いたので、何事かと彼を見た。
そうしたら、もしかしたら、ゲイボルグが網を切っていたのかもしれない。三つくらいの縄が切れていた。あと、同じ数を切ることが出来たなら、私たちが通り抜けられる大きさになるだろう。
「ゲイボルグは、小さくなっても竜だ。心配しなくても良い。必ず受け止める」
私の声で紡がれる、ブリューナグの意志……そっか。ジェイドさんの言葉も、彼らしくないと思って居た。
……これはきっと、ジェイドさんが時間稼ぎをしていたんだ。
もうすぐゲイボルグが縄を切り終えたら、私たちは空へと投げ出される。だから、私は心の準備をしておけとゲイボルグは伝えてくれたのね。
いきなり高所から投げ出されても、パニック起こしてしまう予感しかしないわ。ありがとう。
「竜騎士。俺は有名な賞金稼ぎヨシュア・ベルンハルト。覚えておいてくれ。申し訳ないが、ここに来る前に竜に追われた時の対策とて、既に考えている。残念だったな」
ヨシュアさんは白い凧を見上げ、何かを操作していた。ジェイドさんの表情を見れば、険しい顔になっていた。
だって、網の中に居る私とゲイボルグの命は、彼が握っていると言っても過言ではない。
ゲイボルグが必死で網を切っていたけれど、あと、二本……ヨシュアさんが何かをする前に、どうか間に合って……!
「お前……絶対に、逃がさないぞ」
ヨシュアさんが今から何かをしようとしていることに気が付いたのだろう、ジェイドさんは強い視線を向けて言い放った。
「俺は男に追われる趣味はないんだけど……来るなら来いよ。逃げはしない。俺たちはここから、移動するだけで」
「ラヴィ二ア。ゲイボルグ……必ず助けに行く。諦めるな。良いな?」
「ジェイドさん……!」
待って……私、そこの美形竜騎士と、もうすぐ両想いになれそうなんですけど!! 親に挨拶に行くとは言われたけれど『好き』って、まだ言われてないのにー!!
こんな関係性の今、離ればなれになってしまうとか、あり得ないんですけど!!
「えっ……? 二人とももしかして、恋仲か何か? 嫌だな~、そんな恋人同士から女を略奪するの、俺大好き」
ヨシュアさんの面白そうな声がそう言い終わるのと同時に、視界にある景色がすべて溶けた。




