18 宴会
今夜に開催される祝宴会は、竜騎士団有志によるものだ。
城の庭園の大きく開かれた場所に特別に許可を取り会場を作り、敷布の上にはご馳走が並びお酒だって樽で準備している。
喚んでも来ないゲイボルグが帰って来て、しかも、契約をしたもう一匹は未だかつて竜騎士と契約を結んだことなどなさそうなくらいに、竜位の高いブリューナグ。
もう竜騎士を辞めるしかないだろうと嘲笑されていた彼が果たすことが出来た、とんでもない大逆転を祝うための席だった。
彼の友人は皆は浮かれているし、ジェイドさんをあまり良く思わない人でも、囚われていたゲイボルグを救って来たという話に関しては称賛せざるをえない。
中央に居るジェイドさんは、たくさんの人たちに囲まれて、酒を飲まされては注がれて……という、新婦不在の結婚式での新郎のようになっていた。
いいえ……そのくらい、竜騎士団では、とてもめでたいことだと思われてるということよね。
私がここに来たのは偶然だし、私の目的を果たすためだったけれど、ジェイドさんを助けることが出来て良かった。
聖女は辞められなくなってしまったけれど、そのくらい……別に良いわ。あんなにも嬉しそうな彼の笑顔が、今見られたのだし。
……さて、ジェイドさんからは宴会終わりに話をしようと言われていたけれど、これでは今夜は難しいみたい。
夕方会った時に泣いていたゲイボルグが気になる。あの子はあまり目立つわけにもいかないし、今も一匹で留守番をするしかないし、もう一度会ってから……部屋に戻ろうかな。
私はそう思って、城の廊下を歩き出した。
遠くに見えるかがり火の光、夏の夜の匂い、遠くから聞こえて来る宴会の音。
ああ……辺境で住んで居た頃の、お祭りの夜を思い出す。
「……ラヴィ二ア」
背後から不意に声を掛けられて、私は慌てて振り向いた。
「ジェイドさん……? あの、どうして?」
そこに居たのは、今夜の主役であるはずのジェイドさんだ。大分お酒がまわっているのか、なんだか目が据わっているように見える。
あれだけ飲まされたというのに、まだ潰れていないということは、お酒に強いのかもしれない。
「俺は……いつラヴィ二アの父上に、ご紹介願えるんだ?」
「え?」
私は酔っ払いジェイドさんの唐突な言葉の意味がわからなくて、目を瞬かせた。
……何? 私のお父様に? なんで?
「未来の公爵になるのならば、そうこうしてはいられまい」
……え? 待って。この人、私と結婚する話をしているの……?
私の告白の返事は……好きって、言いましたよね?
いえ。もう既に両想い飛び越えて、付き合う期間もなく、結婚する流れ……真面目で堅物なジェイドさんだから?
私の頭の中は、疑問符で一杯になった。
……いえ。
けれど、それはむしろ私の希望するところなので、このまま都合良くお話の方を続けさせていただきますね! いろいろと飛び越えての求婚、ありがとうございます!
「それは、いつでも大丈夫です……けど、竜騎士は」
私との結婚の懸念点としては、ジェイドさんは竜騎士を辞めたくないというのなら、当分はお父様に現役で頑張ってもらうつもりだった。
そして、いずれ授かる私たちの子どもに継がせれば良いと思っていた。
「別に辞めなくとも、爵位は継げる。竜騎士団での前例として、そういう方だっていらっしゃる。誰かが出来るのなら、俺にも出来るということだ」
おお……何々。すごい。なんだか、格好良い。
ジェイドさんの宣言に私は思わず、ここで拍手したくなってしまった。しないけど。
誰かに出来るならば、俺にも出来る。彼のこれまでの経験に裏打ちされた相当な自信がないと、言えないことだ。
「……ジェイドさんって、すっごく良い男ですね」
「今更、それに気がついたのか? 遅すぎるだろう」
肩を竦めたジェイドさんに、私は走って抱きついた。
ああ……良かった。あの時の判断は、あれで良かったんだ。彼を救いたいって、そう思って取った行動は間違ってなかった。
私は白馬に乗った王子様でなくても、目の前の竜騎士と結婚したい!
「なんだか、お酒の匂いがします……」
服から香るお酒の匂いは少しだけ飲んでいるという程度では、全くなかった。濃密なお酒の匂い。どれほどあの場所で、飲まされてしまったんだろう……。
「ああ。あれだけ酒を飲んだのだから、仕方ない……想定外に飲まされた。ラヴィ二ア。部屋へ送って行こう。何故、この方向へ?」
私の部屋は反対方向なので、どこに行くのだとジェイドさんは不思議そうにしている。
「あ……寝る前にゲイボルグに会っておこうと思って……子竜の姿だから安全を考えて仕方ないですけど、部屋に閉じ込めっぱなしは可哀想です。きっと、寂しいんですよ。ジェイドさん」
成竜になるまでの子竜の間は、弱いし貴重な存在のため誘拐の危険があるのだ。
だから、あの姿のゲイボルグを隠しておく理由はわかるけれど、狭い空間にずっと居るのは気詰まりだろう。
「そうは言っても、俺は戦闘訓練もあれば……竜に乗っての飛行訓練もあるし……そうだ。ラヴィ二アがゲイボルグを連れていれば良くないか?」
名案を思いついたと言わんばかりのジェイドさんの言葉に、私は驚いた。
「え?」
「俺と一緒ならどうしても手を離れないといけない時もあるが、ラヴィ二アと一緒であれば、目を離すこともない……それに、ゲイボルグも安心だ。良し。それが良い。そうしよう」
「別に……それは、良いですけど……」
私は仕事中に子竜を連れていても、離れなければならない時はない。それに、ほぼ警備万全の王族の住む城で過ごすから、防犯上の安全性にも問題はなかった。
にこにこと微笑んだジェイドさんは、確かな足取りで先へと進んだ。
そうは見せずに相当酔っていたらしく、部屋に着いた途端、ベッドに倒れ込んで安らかな寝息を立てて眠ってしまった。
私はこれまで見た事もなかったであろう主に驚いているゲイボルグの頭を撫でて、明日の朝、迎えに来ることを説明して自室へ戻ることにした。




