14 無理
洞窟の広い空間にある、巨大な魔方陣……おそらく、迷い込んだ竜を生け捕りにするためのものだろう。
「……あの子は、光る宝石に及び寄せられたようだ。ほら。あそこに見えるだろう」
私がそれを言っておりますが、操作されているだけの私も、視線を向けた先にある宝箱を見て納得した。そこには、光り輝くような宝物が、沢山ある……!
「ゲイボルグは、光る宝石が好きなんです。俺がもっと、買い与えてやれば良かったです」
ここだけ聞いたらゲイボルグがやり手の夜職の女性みたいになってしまうけれど、竜の習性で光る宝物が好きなだけです。念のため。
「とりあえず、あの魔方陣を壊す」
でっ……出来るんですか? そんな大掛かりなことが?
私はどうにかそう言いたかったけれど、言葉の自由は完全に奪われてしまっていた。
「出来るに決まっておるだろう。私を誰だと思って居る」
私の心の声を聞いたのか、ブリューナグは不満そうに言った。
いや……そりゃあ、とても凄そうな外見をお持ちでしたけれど、私たちはまだ人を操作出来るくらいしか、ブリューナグのことを知らないですもの。
「私は竜位七位に位置する、黒竜ブリューナグだ。お前が何かと不思議がっていることも、それで説明が付くと思うが?」
わっ……私の口が、私の疑問に答えている……! 気持ち悪い。この感じ……!
そんなことよりも、ブリューナグの竜位!!
きっとすごい竜だろうと思って居たけれど、本当にすごい竜だった……ということは、ジェイドさんはもう……六匹しか、新たに竜を契約することは出来ないんだ。すごい。
「私が居て、何の不満だ?」
いや、そりゃあその通りなんですけど、色んな種類の竜がたくさん居た方が、竜騎士の皆さんは色々と便利なこともあるんですってば……。
「私とあの銀竜だけで、充分だ。何か必要があれば、力を貸してやれば良い」
「あの……! そろそろ、お願いします」
ブリューナグが私の疑問に答えている間、ずっと待って居たらしいジェイドさんは、差し迫った勢いでそう言った。
「良し。それでは、外から無理矢理に破ろう。竜は耐えるだろうが、人の子では耐えるのに難しいかもしれぬ……いや、悪行には報いがあるというものだな」
そんな言葉を口にした瞬間に、私の身体は勝手にパッと頭を下げて岩の後ろに隠れた。
その瞬間、目には白い稲光が見えて、追い掛けるように聞こえた轟音。
ブリューナグが魔方陣を、外から破ったんだ! 早く言ってください!
「同じ主の誼だ。あの銀竜も回復させて置こう」
「出来るのか?」
パッと立ち上がり、私の足は、さっさと広場へと進んだ。ジェイドさんもすぐ後を、追い掛けて来る。
もっ……もしもしー!? 竜騎士さんと竜さんと違って、聖女の私はただの人の子なの、お忘れではないですかー!?
「だから、誰だと思って居る。あれだけ力を抜かれたのだ。当分は仔竜のままでいろ」
囚われて傷ついていた銀竜ゲイボルグは、あっという間に巨体を縮めた。
「ゲイボルグ!」
近くにポテっと音をさせて、小さな銀竜が落ちた。慌ててジェイドさんが駆け寄り、銀竜を抱きしめた。
ぐったりしているけれど、パッと赤い目を開けた……生きてる。
ああ……ゲイボルグは、ジェイドさんの元へ、帰って来れたんだ!
「当分はこのままだ。あまり、無理をさせるなよ」
「……わかった」
それからの出来事は、あっという間だった。
ブリューナグは人を操作することが出来る……私だけでなく、ゲイボルグを生ける素材工場として扱っていた奴らも例外ではない。
すぐにその場に居た集団は、あっけなく制圧されてしまった。
ブリューナグはそこにあったゲイボルグから取った素材を、売り物にならぬように、丁寧にすべて壊していた。
その間、ジェイドさんはずっと、腕の中に居る子竜姿のゲイボルグを抱きしめていた。もう何があっても絶対に、離れないと言わんばかりだ。
……なんとなく、あんなにもジェイドさんに大事にされているゲイボルグが羨ましくなった。
だって、私はジェイドさんを好きになったと伝えても、その後に人生早々ない大事件が起こりすぎているので、その辺りを彼にどう思って居るのかまだ聞けていない。
聞きたい。けれど……聞けていないのだ。今、絶対にそれどころではないし……。
「……どうする。ここに居る全員、そこから身を捨てることも出来るが」
彼の家族とも言える竜ゲイボルグに、あんなに酷いことをしていた連中なのだ。ジェイドさんは、そうしてやりたいと思うはずだ。
けれど、彼はそこで首を横に振った。
「竜の密猟は、禁じられている。壁に貼られた旧国旗から、おそらくは当時の政治争いに負けて身を隠した者だろう。俺は彼らが法で、裁かれることを望む」
「黙っていれば、誰もわからないのに」
ブリューナグは不満そうに言った。同胞をあんなひどい目に遭わせた連中なのだ。本来ならば、そこに居る本体の牙で食い荒らしたいとまで思って居るのかもしれない。
「……俺はそうしたいんだ。ブリューナグ。ここで俺がそうすれば、そいつらと同じ位置まで堕ちる。それは嫌だ。ゲイボルグを助けてくれて、ありがとう……ラヴィ二ア。それに、ブリューナグ。俺は、無事に助かったことを喜びたいし、出来ればすぐにノルドリア王国へ連れて帰りたい。安全な場所で、ゆっくりと眠らせてやりたいんだ」
ジェイドさんは私とその背後に居る黒竜に、頭を下げてお礼を言った。
その腕にはもう安心しきって、眠ってしまっている子竜ゲイボルグ……それは、そうだよね。これまで、ずっと怖かったはずだ。
契約を結んだ大好きな竜騎士ジェイドさんにも、もう二度と会えないかもしれないと、この竜だってずっと辛かったに違いない。
「わかった……では、外に出よう。折良く、近くに騎士団が居る。それらに、ここに来るようにさせよう。今日、何が起こったのかはわからないだろうが、こやつらが何をやっていたかはすぐに露見するだろうから」
「ありがとう」
私たちは、すぐに洞窟の外へと出た。
そして、ブリューナグの背に乗り、ユンカナン王国を飛び立った。私は来た時と同じように、ジェイドさんの背中へと手を回す。
ここへ来た時と違うのは、彼の腕の中には、眠っているゲイボルグがいた。
ここまで流れるように来たけれど、多分だけど……ノルドリア王国に着くまで、ブリューナグと一緒だよね?
私は完全にあの黒竜がジェイドさんと話すための道具になっていますけど……?
いや、良いんだけど。全然良いんだけど……戦闘にはまったく参加出来ないし、竜を喚ぶしか出来ないので、私の口を使っていただけて光栄ですよ。
さっき私は好きって告白したのだから、ジェイドさんからの反応を知りたいんだけど……今ではないのかな。
「今は流石に、それは無理だろう」
私の口が一人でに動いたので、手でパッと口を塞いだ。
え! もう! 余計な事、言わなくて良いの~!
「何が?」
いきなり聞こえた独り言を不思議に思ったらしいジェイドさんは、顔だけ振り向き、私は慌てて首を横に振った。
「なっ……何でもないっ……です!」
ようやく自由になった私の口から否定を聞いて、ジェイドさんは頷いて微笑み、また前を向いた。




